現代国内 2002
偶然が連鎖した果てに、
原発事故が起きた。
『奇偶』山口雅也

書評

奇偶

偶然は本当に偶然か。ミステリが嫌う偶然に正面から手を触れた、1200枚の問いの書。

奇偶 表紙画像
山口雅也 講談社(講談社文庫(上下))2002年
目次

「神は骰子を振らない」ならば全ては必然だというのか。山口雅也『奇偶』は、この問いを看板に掲げて始まります。

偶然と必然のどちらが世界を動かしているのか——その問いを、推理作家の身に起こる出来事で確かめようとする大長編です。偶然という、謎解きの物語がもっとも嫌うものに、正面から手を触れた作品です。

物語の入り口

発端は、奇妙な偶然の連鎖です。その果てに原発事故が起こり、そこを皮切りに、推理作家・火渡雅(ひわたりみやび)の身の回りで「偶然」が次々に顔を出しはじめます。

謎を組み立てることを仕事にしてきた人間が、自分では組み立てようのない出来事に翻弄されていく。この逆転した立場が、物語の最初の足場です。

火渡はやがて、太極柄のネクタイを締めた男の事故死に居合わせます。現場には、怪しい人影もあった。

それを目撃したのち、火渡は片方の視力を失います。原発事故、見知らぬ男の死、正体の知れない影、そして自分の目。

大きな出来事と小さな出来事が、同じ一人の身に立て続けに降りかかってくるのです。

火渡の前に並んでいるのは、原発事故から片目の視力の喪失まで、つながりの見えない出来事の列です。これらが偶然の重なりにすぎないのか、何かの意味を持つのか。

火渡は、推理作家としての習い性から、意味を探さずにはいられない立場に置かれています。その隣に座らされ、同じ出来事の列を眺めながら、彼と同じ速度で疑いを深めていくことになります。

一つひとつは、新聞の片隅に載っていてもおかしくない出来事です。ただ、それが一人の推理作家のまわりに集まってくると、話は変わります。

物語を書く人間は、出来事と出来事のあいだに線を引くことに慣れている。その習い性が、ここでは救いにも呪いにもなりうるのです。

事故、死、影、失明——火渡の身のまわりで起きたことは、この時点でもう四つを数えます。それらをどう受けとめればよいのか、推理作家である当人にも決めかねる。

火渡が視力を失った地点が、この物語の出発点です。ここから先、偶然と必然の境目は、彼の足元で揺れつづけることになります。

読みどころ

本作の核にあるのは、偶然は本当に偶然なのかという問いそのものです。

謎解きの物語は、ふつう偶然を嫌います。犯人が都合よく目撃され、証拠がたまたま見つかるような展開は、謎解きの約束事に対する反則とみなされがちです。

『奇偶』はその禁忌に、真正面から手を触れました。事件を追う筋と並んで、偶然とは何か、必然とは何かをめぐる思索が紙面を埋めていきます。

その問いが、事件の手がかりと同じ重さで置かれている点に、この作品の異様さがあります。

もうひとつは、分量そのものが読み味になっていることです。偶然が一度起きただけなら、人はそれを偶然として受け流せます。

二度、三度と重なるうちに、偶然はだんだん偶然に見えなくなっていく。その感覚の移り変わりを体感させるには、どうしても紙幅が要ります。

1200枚という長さは、その変化を読む側の身に起こすための時間だと考えると、腑に落ちるはずです。

とはいえ、手軽に読める作品ではありません。思索に多くの頁を割く作品なので、筋の速さだけを求めて開くと、回り道に映る頁もあるでしょう。

けれども、その回り道の長さがあってこそ、偶然に取り囲まれた主人公の不安が、少しずつこちらにも染みてきます。

こんな人におすすめ

4大奇書の名前に惹かれる方、推理小説の枠を思想の問いにまで押し広げた作品を読みたい方に向いています。逆に、事件と解決がきびきびと進む謎解きを好む方には重く感じられるかもしれません。

問いに付き合う時間そのものを楽しめる読者に、じっくり開いてほしい作品です。

作品の背景

1995年に『日本殺人事件』で第48回日本推理作家協会賞を受けてから7年、山口雅也が次に世に問うたのが『奇偶』でした。2002年10月10日、講談社から四六判616ページで刊行されました。

原稿用紙にして1200枚。『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』『匣の中の失楽』の4大奇書に連なる、第5の奇書と位置づけられての刊行でした。

「このミステリーがすごい!」2003年版では国内3位に選ばれています。

手に取るなら

いま手に取るなら、講談社文庫の上下巻です。上巻は512ページあり、下巻と合わせてかなりの分量になりますが、電子版もあるので持ち歩きの負担は軽くできます。

上巻を閉じたところで間を空けると、積み重なってきた偶然の感触が薄れてしまいます。上下を続けて読める時間を確保してから開くのが、この作品にはふさわしいでしょう。

神は骰子を振るのか、振らないのか。その問いを抱えたまま、火渡雅と一緒に頁の奥へ進んでいくことになります。

山口雅也について

山口雅也は1954年、神奈川県横須賀市に生まれました。早稲田大学法学部に学び、ワセダミステリクラブに所属して、在学中からミステリの評論やエッセイを書いていました。

1989年、東京創元社の叢書〈鮎川哲也と十三の謎〉の一冊『生ける屍の死』でデビューします。

1991年の『キッド・ピストルズの冒瀆』に始まるシリーズでは、名探偵が実在するパラレル英国を舞台に、パンク刑事キッド・ピストルズが事件を解きます。1995年には『日本殺人事件』で第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)を受賞しました。

作品ごとに題材も舞台も大きく変える書き手で、ミステリ関連の古書や映画のコレクターとしても知られ、2019年からは翻訳叢書「奇想天外の本棚」の製作総指揮を務めています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫(上下)
刊行年
2002
ISBN-13
9784062755443
系譜
現代国内
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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