そう謳ってこのミス一位。
ミステリーズ
《完全版》に並ぶのは密室、公開捜査番組、姿を見せない客。短編の器がどこまで伸びるかを試した一冊。
1994年の〈週刊文春〉ミステリーベスト10の上位には、高村薫『照柿』と京極夏彦『姑獲鳥の夏』が並んでいます。同じ年の8月に講談社から出た山口雅也『ミステリーズ』は、その表で4位に入り、翌年の「このミステリーがすごい!」1995年版では国内1位に立ちました。
1位になったのは、一つの長い物語ではなく、短い謎をいくつも束ねた短編集です。
物語の入り口
一編の長さは限られています。登場人物を大勢そろえる余裕も、手がかりを何百頁にもわたって散らす余裕もありません。
『ミステリーズ』はその窮屈さを弱みとして扱わず、設計の条件として正面から引き受けた短編集です。謎とトリックと推理を、決まった紙幅のなかでどう噛み合わせるか。
その問いに、一編ずつ別の答えを出していく作りです。
文庫版『ミステリーズ《完全版》』には、密室殺人にとりつかれた男、公開捜査番組、姿を見せない最後の客といった題材が並びます。ただし、1994年の単行本と《完全版》とでは収録内容が同じではありません。
版が変われば中身の顔ぶれも変わる。その点だけは、手に取る前に知っておいてよいでしょう。
収録作どうしは、同じ探偵や同じ町でつながっているわけではありません。一編ごとに構えが違い、語りの距離も題材の質も、頁をめくるたびに入れ替わります。
連作短編集のように人物の成長や土地の歴史を追う楽しみとは、成り立ちがまるで違うのです。読者は一話ごとに新しい部屋へ通されることになります。
《完全版》でいえば、どの部屋にも違う謎が一つずつ据えられています。密室殺人にとりつかれた男、不思議な公開捜査番組、姿を見せない最後の客——題材だけを並べても、調子の違いは明らかです。
心理の暗がりに降りていく話もあれば、公開捜査番組という舞台装置そのものが奇妙な話もあります。
読みどころ
題名の複数形が示すのは、パズルとしての謎と、人の奥にひそむ謎の両方です。
解くための謎のほかに、人の心の奥にある謎も書く。論理で割り切れる謎と、割り切れないまま残る人の心。
この二つを同じ短い紙幅に同居させるところに、この短編集の芯があります。パズルの精密さだけを競えば、登場人物は駒になってしまう。
人の闇だけを描けば、謎解きの快楽が薄くなる。そのあいだで均衡をとる手つきは、一編ごとに違います。
もうひとつは、刊行当時の受けとめられ方です。単行本が出た1994年、〈週刊文春〉ミステリーベスト10で4位。
翌年の「このミステリーがすごい!」では国内1位に選ばれています。〈週刊文春〉の表では、『照柿』や『姑獲鳥の夏』と同じ年の上位に名前があります。
形式の点でも、見ておきたいことがあります。短編には、長い物語のような助走がありません。
人物の紹介、謎の提示、推理、解決——そのすべてを数十頁に収めるには、一文ごとに役目を持たせる必要があります。紙幅を設計の条件として引き受けるとは、この密度を作ることにほかなりません。
数行で場の空気を決め、数頁で人の輪郭を立てる。その手際の差を一編ずつ味わえるのは、短い形式を束ねた本ならではの楽しみです。
こんな人におすすめ
一人の名探偵を何冊も追いかける楽しみを求める方には、この短編集は少しそっけなく映るかもしれません。反対に、型がどこまで伸び縮みするのかを確かめたい方、一話ごとに違う設計図を読み比べたい方には、手応えのある本です。
短い物語でこそ試せることがある、という考え方に惹かれる読者に向いています。
作品の背景
『ミステリーズ』は1994年8月に講談社から単行本で刊行され、1997年9月に講談社ノベルスへ、さらに講談社文庫では『ミステリーズ《完全版》』の題で出ています。のちに〈Mシリーズ〉と呼ばれる短編集の最初の一冊で、『マニアックス』(1998年)、『モンスターズ』(2008年)、『ミッドナイツ』(2019年)と、続刊は四半世紀をかけて書き継がれています。
『ミステリーズ』は、評論から出発した山口雅也が、1995年に『日本殺人事件』で第48回日本推理作家協会賞を受ける前年に出した短編集です。
手に取るなら
いま手に取るなら、講談社文庫の『ミステリーズ《完全版》』が入手しやすく、430ページの一巻本で、2020年からは電子版も出ています。単行本とは収録内容が異なる版ですが、〈Mシリーズ〉の入り口として読むならこの文庫で困りません。
一編ずつ区切って読める作りなので、続けて読むのも、日を分けて読むのも自由です。続く『マニアックス』『モンスターズ』『ミッドナイツ』へ進む前に、最初の一冊として置いておきたい短編集です。
山口雅也について
山口雅也は1954年、神奈川県横須賀市に生まれました。早稲田大学法学部に学び、ワセダミステリクラブに所属して、在学中からミステリの評論やエッセイを書いていました。
1989年、東京創元社の叢書〈鮎川哲也と十三の謎〉の一冊『生ける屍の死』でデビューします。
1991年の『キッド・ピストルズの冒瀆』に始まるシリーズでは、名探偵が実在するパラレル英国を舞台に、パンク刑事キッド・ピストルズが事件を解きます。1995年には『日本殺人事件』で第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)を受賞しました。
作品ごとに題材も舞台も大きく変える書き手で、ミステリ関連の古書や映画のコレクターとしても知られ、2019年からは翻訳叢書「奇想天外の本棚」の製作総指揮を務めています。
書誌情報
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