一晩で三度見つけた。
続・日本殺人事件
異国人探偵の目に映る日本で、文化と論理が軽やかに交差します。
私立探偵の事務所に最初にやってくる依頼人といえば、夫の素行を疑う妻か、行方知れずの家族を案じる人あたりが相場でしょう。トウキョー・サムの事務所の扉を叩いたのは、そのどちらでもありません。
死霊に怯えるリキシ、つまり相撲取りでした。山口雅也『續・日本殺人事件』は、憧れの日本でついに探偵事務所を構えた彼が、この奇妙な依頼から走り出す短編集です。
1997年に刊行され、「本格ミステリ・ベスト10」1998年版で国内4位に入りました。
物語の入り口
収録作は2編です。スモウ・レスラー連続殺人事件を描く「巨人の国のガリヴァー」と、ウンスイの怪死を契機に始まる「実在の船」。
「巨人の国のガリヴァー」は、探偵稼業の始まりを告げる一編でもあります。憧れの日本で、遂に念願の探偵事務所を開業したサム。
記念すべき最初の依頼人は、死霊に怯えるリキシでした。土俵の上では巨体を誇る力士が、目に見えない死霊に怯えている。
その取り合わせからして、すでに可笑しみと不穏さが同居しています。サムは調査に乗り出します。
ところが事態は予想もしない展開を見せ、探偵は一晩のうちに、三度もリキシの死体を発見することになる。一晩に三度。
その数字だけで、謎の輪郭は十分に立ち上がってきます。探偵として初めて引き受けた仕事が、いきなり常識の外へ転がり出していくわけです。
もう一編の「実在の船」は、ウンスイの怪死から幕を開けます。ウンスイとは、禅の修行僧を指す言葉。
その怪死をきっかけに、論理の限りを尽くした対決が繰り広げられます。誰と誰が、何をめぐって論理をぶつけ合うのか——その答えは頁の先にあります。
一編目が相撲の世界での一夜の騒動なら、二編目は禅の世界での論理の勝負。同じ探偵が、趣のまるで異なる二つの事件に向き合います。
リキシ、ウンスイ、スモウ・レスラー。登場する言葉がカタカナで書かれていることにも、この短編集の目線が表れています。
読者は、異国から来た探偵の目を借りて、力士や修行僧のいる日本を眺め直すことになります。
読みどころ
本作の醍醐味は、ユーモアと論理が、同じ土俵の上でがっぷり組み合っているところにあります。
死霊に怯えるリキシ、一晩に三度の死体。状況だけを並べると、ほとんど喜劇の筋書きです。
けれども山口雅也は、その状況を笑いで流さずに謎として立てます。外から見た文化の不思議さを広げながら、その世界の内側で推理を成立させる。
可笑しみと謎解きが互いを邪魔せず、同じ頁の上で並んで進んでいきます。
もうひとつは、2編の性格の違いです。一編目が不可解な出来事を追いかける探偵小説の顔をしているのに対し、二編目は論理そのものを見せ場に据えています。
収録作が少ないぶん、趣の異なる二つの事件をじっくり読み比べる楽しみがあります。一方は目の前の出来事の不可解さで引っぱり、もう一方は筋道の強さそのもので勝負する——同じ探偵の物語でありながら、味わいはくっきりと分かれています。
そして、舞台となる日本がどこか見慣れない国として立ち現れることも、見逃せない魅力です。相撲や禅といった、普段の暮らしではまず内側を知ることのない世界に、異国の探偵が足を踏み入れていく。
日本に住む者にとっても、自分の国の知らない一角をのぞき込むような面白さがあります。
こんな人におすすめ
相撲や禅といった題材に、ミステリとして出会ってみたい読者に向きます。前作でこの探偵に出会った人なら、事務所を構えた探偵の新しい一歩を追う楽しみもあるでしょう。
一方で、重厚な社会派の手ざわりを求める人には、軽やかに過ぎると映るかもしれません。その軽やかさの下で論理が手を抜かずに組まれているところに、この短編集の芯があります。
作品の背景
『續・日本殺人事件』は、1995年に第48回日本推理作家協会賞を受けた『日本殺人事件』に続く、シリーズの2冊目です。1997年に角川書店から単行本で出て、角川文庫を経たのち、2007年に創元推理文庫へ入りました。
現行の創元推理文庫版は、題名に旧字の「續」を用いています。「本格ミステリ・ベスト10」の1998年版では国内4位に選ばれ、協会賞受賞作の続編として、刊行の翌年のランキングに名を連ねました。
この〈トウキョー・サム〉のシリーズは、山口雅也の作品の中でも、日本を異国の目で描く系列にあたります。
手に取るなら
現在手に取るなら、2007年刊の創元推理文庫版です。解説は鳥飼否宇が書いています。
シリーズの2冊目なので、刊行順に読むなら先に『日本殺人事件』を手に取ることになりますが、サムが事務所を開くところから始まる一編目があるので、ここから入っても迷うことはありません。死霊に怯えるリキシの依頼から、ウンスイの怪死をめぐる論理の勝負まで、トウキョー・サムの探偵稼業はここで本格的に動き出します。
山口雅也について
山口雅也は1954年、神奈川県横須賀市に生まれました。早稲田大学法学部に学び、ワセダミステリクラブに所属して、在学中からミステリの評論やエッセイを書いていました。
1989年、東京創元社の叢書〈鮎川哲也と十三の謎〉の一冊『生ける屍の死』でデビューします。
1991年の『キッド・ピストルズの冒瀆』に始まるシリーズでは、名探偵が実在するパラレル英国を舞台に、パンク刑事キッド・ピストルズが事件を解きます。1995年には『日本殺人事件』で第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)を受賞しました。
作品ごとに題材も舞台も大きく変える書き手で、ミステリ関連の古書や映画のコレクターとしても知られ、2019年からは翻訳叢書「奇想天外の本棚」の製作総指揮を務めています。
書誌情報
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