黄金期国内 1952
名探偵が護衛についた。
惨劇はその目の前で。
『女王蜂』横溝正史

書評

女王蜂

月琴島の美少女・大道寺智子に届いた脅迫状。19年前の変死の影が差す、金田一耕助の本格。

女王蜂 表紙画像
横溝正史 KADOKAWA(角川文庫)1952年
目次

島を離れる直前に届いた一通の手紙が、すべての始まりです。伊豆半島の南の海に浮かぶ月琴島、源頼朝の血筋を名のる旧家・大道寺家に育った娘、大道寺智子。

東京の義父のもとへ移ることが決まった彼女に宛てた脅迫状には、彼女は女王蜂であり、その前では多くの男の血が流される、と書かれていました。手紙の背後には、十九年前に起きた智子の実父の変死が影を落としているようです。

横溝正史『女王蜂』は、娘の護衛を引き受けた金田一耕助の目の前で、惨劇が起こる長編です。十九年前の因縁と、現代の殺人。

二つの時間が、月琴島と東京のあいだで交差します。

物語の入り口

舞台の一方は、伊豆半島の南にある月琴島です。この島に、源頼朝の後裔を称する大道寺家が暮らしています。

その家の娘、大道寺智子は、人目を引く美しさを備えた娘です。彼女は、島を離れることになりました。

義父の待つ東京へ、迎えられるのです。島の娘が、都会へ出る。

その節目に、最初の波が立ちます。

旅立ちを前に、一通の脅迫状が届きます。あの娘のまえには、多くの男の血が流されるであろう。

彼女は、女王蜂である。脅迫状は、智子をそう呼びます。

しかもこの手紙の背後には、十九年前に起きた智子の実父の変死事件が関わっているようなのです。十九年前に何があったのか。

その問いが、脅迫状の文面の裏側で、最初から不気味に鳴っています。

智子の護衛を依頼されたのが、私立探偵の金田一耕助です。脅迫状のとおりにならないように、彼女を守る。

ところが、その金田一の前で、惨劇が起こります。守るために呼ばれた探偵の目の前で、守りきれなかった死が起こるのです。

読者は、月琴島から東京へ向かう智子の傍らに、金田一とともに立たされます。島の旧家の美しい娘、女王蜂という呼び名、十九年前の変死。

道具立ては、横溝本格の王道です。その王道の材料が、島を離れる娘の門出という一点に、序盤から一度に集められています。

護衛として現場にいる探偵の前で、惨劇が起こる。その無力感から、金田一の推理は始まります。

守るべき相手のそばで、なお人が死ぬ。探偵にとって、これほど苦い出発はありません。

読みどころ

十九年前の変死事件と現代の惨劇が、島を出る一人の娘を軸にして交差していきます。 女王蜂、という脅迫状の言葉が、この物語の中心にあります。

彼女のまわりで、多くの男の血が流される。その予言めいた言葉と、十九年前の因縁。

源頼朝の後裔と称する旧家が暮らす南の島と、義父の待つ東京。二つの土地が一人の娘の旅立ちでつながろうとする、まさにその直前に、脅迫状は届きます。

旧家の由緒と、十九年前の変死の影とが差す門出に、護衛の探偵が付き添う。島の旧家の物語と、都会へ移る娘の物語とが、月琴島と東京を結ぶ線の上で手を結んでいます。

もうひとつは、『獄門島』とも『犬神家の一族』とも違う作風です。見立てでも、遺産争いでもない。

島の旧家に育った娘をめぐる因縁と、護衛の探偵の前で起きる惨劇。『獄門島』『犬神家の一族』を読んできた人ほど、この違いを面白く感じるはずです。

探偵が事件のあとから駆けつけるのではなく、護衛として最初から娘のそばにいる。その配置が、謎解きに苦い手ざわりを添えています。

こんな人におすすめ

十九年前の変死と現代の惨劇がどうつながるのかを、護衛として娘のそばにいる金田一の歩みに沿って追いたい読者に向いています。月琴島と東京にまたがる舞台に惹かれる人にも。

『獄門島』『犬神家の一族』を読み終え、次の金田一耕助ものを探している人には、作風の違う一作として薦められます。逆に、見立て殺人の趣向や一族の遺産をめぐる争いを期待して開くと、肩透かしに映るかもしれません。

旧家の由緒と十九年前の影を背負った、一人の娘の門出の物語として読むとき、この長編はいちばん生きてきます。

作品の背景

本作は、横溝正史の戦後の多作期のただ中にあたる長編で、雑誌『キング』に1951年6月から1952年5月にかけて連載されました。戦後の横溝は金田一耕助ものの長編を次々に発表しており、本作もその流れの中で書かれた一作です。

『獄門島』の見立て、『犬神家の一族』の遺産争いとは、また違う作風の作品です。劇場版映画は、1952年の松田定次監督と、1978年の市川崑監督、石坂浩二主演の2作。

テレビドラマ化は5作を数えます。映像化が重ねられてきた作品ですが、原作の活字では、脅迫状の文面や島の旧家の由緒を、自分の速度で読み込むことができます。

角川文庫での文庫化は1973年で、カバーイラストは杉本一文です。

手に取るなら

現行版は角川文庫。金田一耕助シリーズの一冊ですが、本作単独で完結していますから、ここから入っても問題ありません。

月琴島から東京へ、女王蜂と名指しされた娘の護衛として。脅迫状の言葉を胸に、金田一とともに、彼女の傍らに立ってみてください。

十九年前の因縁が、そこから浮かび上がります。

横溝正史について

横溝正史は1902年、兵庫県神戸市の生まれです。1921年、雑誌『新青年』の懸賞で一等に選ばれた「恐ろしき四月馬鹿」で世に出て、大阪薬学専門学校を卒業したのち、1926年に江戸川乱歩の招きで上京して博文館に入りました。

『新青年』などの編集長を務め、1932年に退社して作家専業となります。戦前は由利麟太郎を探偵役にした『真珠郎』などを書き、戦時中は岡山県に疎開しました。

戦後、金田一耕助が初めて登場する『本陣殺人事件』で1948年に第1回探偵作家クラブ賞の長編賞を受け、『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』と、金田一ものの長編を書き継いでいきます。1970年代には角川文庫での再刊と映画化が重なって、まったく新しい世代の読者を得ました。

1976年に勲三等瑞宝章を受け、1981年に没しています。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
刊行年
1952
ISBN-13
9784041304112
系譜
黄金期国内 / 名探偵もの · シリーズ探偵物

横溝正史をもっと読む

全作品一覧へ →

似た読み味を、他の作家で

気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本

この本が登場する特集

この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

プロフィールを見る →