現代国内 1994
謎はわかったと言い切って、
名探偵は解くのをやめた。
『そして五人がいなくなる』はやみねかおる

書評

そして五人がいなくなる

名探偵・夢水清志郎が登場するシリーズ第1作。子どもを次々消す怪人「伯爵」事件に挑む。

そして五人がいなくなる 表紙画像
はやみねかおる 講談社(講談社青い鳥文庫)1994年
目次

表札にも名刺にも「名探偵」と書いてある。ところが本人は、自分がごはんを食べたかどうかさえ忘れてしまう。

夢水清志郎という、頼りないのに目が離せない探偵と出会うための一冊です。『そして五人がいなくなる』は、はやみねかおるの「名探偵夢水清志郎事件ノート」シリーズの第1作。

子どもを次々に消してしまう怪人「伯爵」の事件を、笑いと謎解きの両方で読ませる、ジュニア向けの本格ミステリです。

物語の入り口

夢水清志郎の肩書きは名探偵。自分で名乗るだけでなく、家の表札にも名刺にも同じ文字が刷られています。

ところがこの人、とにかくよく忘れます。さっきごはんを食べたかどうか、それすら覚えていない。

そのうえ面倒くさがりで、何事も自分のペースでしか動かない。名探偵という肩書きと、目の前の暮らしのだらしなさ。

その落差が、まず読者を笑わせます。

このシリーズには、夢水のそばにいるレギュラーがいます。岩崎家の三姉妹、亜衣・真衣・美衣です。

三姉妹にとって夢水は、尊敬すべき名探偵というより、放っておけない隣人。あきれ顔の三人と、まるで気にしていない夢水のとぼけた受け答え。

この掛け合いの軽さが、シリーズ全体の呼吸を決めています。子ども向けの文庫らしく漢字にはルビが多く、文章はどこまでも読みやすい。

それでいて、大人が読んでもきちんと可笑しい会話が続くのが、このシリーズの強みです。

そこへ持ち上がるのが、怪人「伯爵」の事件です。子どもが、次々に消えてしまう。

伯爵とは何者なのか、消えた子どもたちはどこへ行ったのか。夏休みの空気が、じわりと不穏なものに変わっていきます。

不気味な事件を前に、名探偵を名乗る以上、夢水が黙っているわけにはいきません。ごはんを食べたことも忘れる人が、事件のことだけは忘れずにいられるのか。

そんな心配までしたくなるのが、この探偵の可笑しさです。肩書きを信じてすべてを任せるには、少々心もとない探偵です。

そう思いながら読むのが、この本の正しい構えです。読者が立たされるのは、夢水の周りの人たちと同じ、あきれながら見守るしかない位置です。

笑いながらページをめくっているうちに、いつのまにか謎の輪郭だけが濃くなっていく。この入り口の作り方が、まず見事です。

読みどころ

笑いのための本だと思って読み始めると、謎解きの骨格の確かさに驚きます。 ふざけているように見える夢水の言動と、子どもが消えるという事件の不穏さ。

その二つが別々に進むのではなく、同じ物語のなかで支え合っている。伯爵とは何者なのかという問いがページごとに重みを増していくあいだも、夢水と三姉妹の軽口は止まりません。

ジュニア向けの読みやすさを保ちながら、本格ミステリの作法を手放していない。そこに、このシリーズの芯があります。

もうひとつは、探偵との距離です。名探偵に導かれるのではなく、名探偵の面倒を見る側に立たされる。

三姉妹と一緒に夢水を心配し、あきれ、それでも彼の言葉を待つ。この逆転した関係が、探偵ものの緊張を、親しみのある手ざわりに変えています。

名探偵は遠くの高みにいる人ではなく、隣の家でごはんを食べ忘れている人。その距離の近さが、初めてミステリを読む子どもにも、探偵という存在を身近にしてくれます。

こんな人におすすめ

子どもに本格ミステリを勧めたい人、そして子ども時代の読書の感覚をもう一度取り戻したい大人に向いています。ルビの多いジュニア文庫という体裁に抵抗がなければ、謎解きの手応えは年齢を問いません。

逆に、重厚な文体や陰惨な事件の描写を求めているときには、この軽やかさは物足りなく感じるかもしれません。

作品の背景

本書は1994年、講談社青い鳥文庫から刊行されました。ここから始まった「名探偵夢水清志郎事件ノート」は2009年まで15年にわたって書き継がれ、累計は360万部を超えています。

手に取るなら

現行版は講談社青い鳥文庫。Kindle版もあります。

シリーズはこの後『亡霊は夜歩く』『消える総生島』『魔女の隠れ里』と続きますので、夢水と三姉妹が気に入ったら、刊行順に読み進めるのがおすすめです。夢水と三姉妹の掛け合いを最初から追える分、第1作から入る意味は小さくありません。

何を読ませても途中で本を閉じてしまう子どもに、最初の一冊として渡すなら、この本から。

はやみねかおるについて

はやみねかおるは1964年、三重県伊勢市の生まれです。三重大学教育学部で数学を学び、1987年から小学校の教壇に立ちました。

クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、自分で書きはじめたのが作家としての出発点です。1989年、『怪盗道化師』が第30回講談社児童文学新人賞の佳作に選ばれ、翌1990年の刊行でデビューしました。

2000年に教職を離れてからは執筆に専念しています。

〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉のほか、〈怪盗クイーン〉〈都会のトム&ソーヤ〉〈少年名探偵虹北恭助の冒険〉と、子ども向けの謎解きを三十年以上書き継いできました。別々のシリーズの人物や世界がつながり合う遊び心も持ち味です。

子どもたちが選ぶうつのみやこども賞を4度受け、2023年には第61回野間児童文芸賞特別賞を贈られています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社青い鳥文庫
刊行年
1994
ISBN-13
9784062754330
系譜
現代国内 / 名探偵もの · シリーズ探偵物

はやみねかおるをもっと読む

全作品一覧へ →

似た読み味を、他の作家で

気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本

この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

プロフィールを見る →