死体が飾られていく。
悪魔の手毬唄
土地の手毬唄に見立てた連続殺人。横溝自身が「自分の最高作」と語った金田一耕助シリーズの長編。
岡山と兵庫の県境、四方を山に囲まれた鬼首村。たまたまここを訪れた金田一耕助は、村に昔から伝わる手毬唄の歌詞どおりに、死体が異様な構図をとらされた殺人事件に遭遇します。
現場に残された不思議な暗号は、いったい何を表しているのか。事件の真相を探るうちに、二十年前に迷宮入りになった事件が、妖しく浮かび上がってくる。
『悪魔の手毬唄』は、土地の唄をなぞるように続く殺人に金田一耕助が挑む本格推理です。横溝正史自身が生前、「自分の最高作」「最もよく書けた作品」と繰り返し語った作品でもあります。
土地の唄が、殺人の予告に変わります。
物語の入り口
鬼首村は、岡山と兵庫の県境にあります。四方を山に囲まれた村です。
金田一耕助は、たまたま、この村を訪れました。事件を追ってではなく、たまたま。
ところが、その村で、殺人事件が起こります。たまたま居合わせた探偵が、村の因縁の真ん中に立たされることになります。
死体は、異様な構図をとらされていました。村に昔から伝わる手毬唄の歌詞どおりに。
手毬唄は、子供たちが毬をつきながら歌う、土地の唄です。その歌詞のとおりに、人が殺されている。
村の誰もが耳にしてきた歌詞が、死体と重ねられた途端に、まったく別の意味を帯びはじめる。見慣れた唄ほど、その変わりようは禍々しく映ります。
現場には、不思議な暗号も残されていました。異様な構図の死体と、意味の読めない印。
この二つが、金田一の前に置かれる最初の問いです。そして、事件の真相を探るうちに、二十年前に迷宮入りになった事件が、妖しく浮かび上がってきます。
二十年前に何があったのか。その問いが、現在の事件の下でずっと鳴り続けます。
読者は、山に囲まれた村で、手毬唄を聞くことになります。戦慄のメロディが、連続殺人を予告する。
土地の唄が、殺人を予告する。次の歌詞が、次の死を告げる。
その予告を知りながら、金田一耕助は、二十年前と現在のあいだで、事件に挑むことになります。
読みどころ
読みどころは、子供が毬をつきながら歌う土地の民謡を、連続殺人の見立ての軸に据えたところにあります。 『獄門島』の俳句が教養の見立てなら、本作の手毬唄は、土地の記憶の見立てです。
子供たちが歌い継いできた唄が、殺人の予告に変わる。その転換の不気味さは、日本の山村という風土があってこそのものです。
唄は場面を飾る演出にとどまらず、なぜこの村で、なぜこの唄なのかという問いにまで結びついて、物語全体を支えています。
もうひとつは、探偵の立ち位置です。金田一は事件を追って来たのではなく、たまたま村に居合わせただけの客でした。
迷宮入りのまま残された二十年前の事件も、よそから来た彼にとっては自分の知らない時間です。四方を山に閉ざされた村の古い記憶へ、外から来た探偵が手探りで分け入っていく。
その足取りが、この長編に厚みを与えています。
こんな人におすすめ
唄の文句と死体の構図を一つずつ突き合わせながら、見立て殺人の趣向をじっくり味わいたい読者に向いています。『獄門島』で俳句の見立てを味わった人なら、子供の唄が殺人の予告に転じるこちらの趣向と読み比べてみるとよいでしょう。
横溝自身が「自分の最高作」と繰り返し語った作品ですから、その言葉と照らし合わせながら作家の到達点を見定めたい人にも向いています。逆に、明るく後味のよい読み物を求める気分のときには、山村の手毬唄の不気味さは少しこたえるかもしれません。
作品の背景
本作は、雑誌『宝石』に1957年から1959年にかけて連載された長編です。横溝自身が、インタビューや著作で「自分の最高作」と繰り返し語った作品で、週刊文春の「東西ミステリーベスト100」国内編の常連でもあります。
『獄門島』が芭蕉の俳句を見立てのモチーフにしたのに対して、本作は、農村社会に根ざした民謡、手毬唄を採りました。童謡と殺人を結びつけた先例としては、クリスティの『そして誰もいなくなった』が1939年にありますが、それを日本の山村の手毬唄で組み直したのが『悪魔の手毬唄』です。
1977年の市川崑監督、石坂浩二主演の映画をはじめ、二度の映画化と多数のドラマ化。角川文庫での文庫化は1971年で、カバーイラストは杉本一文です。
手に取るなら
現行版は角川文庫。金田一耕助シリーズの一冊ですが、この作品単独で完結していますから、ここから入っても問題ありません。
四方を山に囲まれた鬼首村へ。手毬唄を、村の子供たちの唄として、初めて聞いてみてください。
横溝正史が自ら最高作と呼んだ一冊は、そこから始まります。
横溝正史について
横溝正史は1902年、兵庫県神戸市の生まれです。1921年、雑誌『新青年』の懸賞で一等に選ばれた「恐ろしき四月馬鹿」で世に出て、大阪薬学専門学校を卒業したのち、1926年に江戸川乱歩の招きで上京して博文館に入りました。
『新青年』などの編集長を務め、1932年に退社して作家専業となります。戦前は由利麟太郎を探偵役にした『真珠郎』などを書き、戦時中は岡山県に疎開しました。
戦後、金田一耕助が初めて登場する『本陣殺人事件』で1948年に第1回探偵作家クラブ賞の長編賞を受け、『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』と、金田一ものの長編を書き継いでいきます。1970年代には角川文庫での再刊と映画化が重なって、まったく新しい世代の読者を得ました。
1976年に勲三等瑞宝章を受け、1981年に没しています。
書誌情報
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