霊園一家が遺産を争う。
生ける屍の死
死者が甦る世界で起こる本格推理。特殊な前提が謎解きの論理に直結する一作。
死者が甦る世界で、本格推理を組み立てる。山口雅也『生ける屍の死』は、その途方もない構図を一行で言い切れてしまう作品です。
舞台はアメリカ、ニューイングランド地方の田舎町トゥームズヴィル。霊園を営む一族の遺産をめぐるきな臭さと、全米で起き始めた死者の甦りとが、同じ時期に重なります。
1989年に世に出た著者のデビュー作で、2018年には過去30年の国内ミステリを見渡すランキングでも1位に選ばれました。
物語の入り口
舞台は、アメリカ北東部のニューイングランド地方にある田舎町、トゥームズヴィルです。英語の tomb、つまり墓を思わせる名の町です。
この町で霊園を経営しているのが、バーリイコーン一族。死者を葬ることを家業にしてきた一族が、物語のまんなかに据えられています。
その一族が、いま落ち着かない時期を迎えています。家長のスマイリーが病床に臥していて、その遺産をめぐり、家中にただならぬ雰囲気が漂っているのです。
当主の容体と、遺産の行方。病床にある家長の名がスマイリー、つまり「にこやかな」という響きを持っているのも、張りつめた家の空気とは裏腹で、どこかとぼけた味わいを残します。
古い一族、病床の家長、受け継がれるべき財産という配置は、本格推理に親しんだ人には見覚えのあるものでしょう。ここまでなら、古典的な相続劇の幕開けと変わりません。
一方その頃、アメリカの各地では、不可解な死者の甦り現象が起き始めていました。死んだはずの人間が、甦る——原因の知れないその現象が、国じゅうで起きている。
死者を葬ることを生業とする一族と、死者が死者のままでいてくれない世界。その取り合わせからして、すでに皮肉な可笑しみが立ちのぼってきます。
霊園という土地の性格が、この現象とどう響き合うのか。関心は自然とそこへ引き寄せられていきます。
一族の屋内に漂う不穏と、国じゅうに広がる異変。物語は、この二つの線を並べたところから歩き出します。
死が終わりでなくなった世界で、本格推理はどう成り立つのか。その問いを抱えたまま、読者はトゥームズヴィルの霊園の門をくぐることになります。
読みどころ
本作の核にあるのは、死者が甦るという途方もない前提の上に、厳密な謎解きを組み上げる手つきです。
甦り現象は、怪奇趣味の小道具として置かれているのではありません。現象には厳密な法則が与えられていて、その前提を受け入れたうえで謎解きが組み立てられています。
現実にはありえない前提を持ち込むと、何でも起こせてしまいそうに思えます。この作品はむしろ逆に、その前提を足場にして論理の筋を一本通してみせる。
死者の甦りを、謎解きの邪魔ものではなく土台として扱う。そこに、この組み立ての大胆さがあります。
もうひとつは語り口です。アメリカの田舎町を舞台に日本の作家が書いた小説でありながら、文章は翻訳小説のように乾いた運びを見せます。
ユーモアと死の匂いが、同じ行のなかに同居している。霊園、墓、遺産という重たい素材を、からりとした筆で運んでいく。
その乾いた可笑しみが、長い物語を読み進める推進力になっています。
現行版は、著者自身が全面的に改稿した版です。デビュー作の刊行から29年を経て、書き手が自らの出発点に手を入れ直したことになります。
〈鮎川哲也と十三の謎〉の一冊として世に出た作品が、改稿を経て光文社文庫に入った——甦りを描いた小説そのものが、形を変えて甦ったとも言えるでしょう。
こんな人におすすめ
現実にはない前提の上で謎解きを楽しむ作品が好きな読者には、まず手に取ってほしい作品です。ランキングで長く首位に推されてきた一作を、一度は自分の目で確かめておきたい人にも向きます。
上下巻にわたる分量があるので、手早く読み終えたい人には腰の重い本に映るかもしれません。その分量こそが、奇妙な前提を呑み込ませるための土台です。
作品の背景
『生ける屍の死』は1989年10月に東京創元社から刊行された長編で、〈鮎川哲也と十三の謎〉の11冊目にあたります。「このミステリーがすごい!」では、1990年版で国内8位に入りました。
評価はその後も伸び続け、1988〜1997年の10年間のベスト・オブ・ベストで国内1位、2018年に選ばれた30年間の「キング・オブ・キングス」でも国内1位の座にありました。「東西ミステリーベスト100」の2012年版では国内15位に入っています。
刊行から30年近くを経ても首位に推される、息の長い作品です。
手に取るなら
現在手に取るなら、2018年6月刊の光文社文庫版です。上下巻に分かれ、著者による全面改稿を経た版で、電子書籍でも配信されています。
かつての創元推理文庫版は670ページの一冊本でした。旧版で読んだ人にとっても、改稿版は読み直す理由になるはずです。
病床の家長スマイリーと、各地で起き始めた甦り。その二つが並んだトゥームズヴィルの町へ、改稿を経た乾いた筆に導かれて入っていってみてください。
山口雅也について
山口雅也は1954年、神奈川県横須賀市に生まれました。早稲田大学法学部に学び、ワセダミステリクラブに所属して、在学中からミステリの評論やエッセイを書いていました。
1989年、東京創元社の叢書〈鮎川哲也と十三の謎〉の一冊『生ける屍の死』でデビューします。
1991年の『キッド・ピストルズの冒瀆』に始まるシリーズでは、名探偵が実在するパラレル英国を舞台に、パンク刑事キッド・ピストルズが事件を解きます。1995年には『日本殺人事件』で第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)を受賞しました。
作品ごとに題材も舞台も大きく変える書き手で、ミステリ関連の古書や映画のコレクターとしても知られ、2019年からは翻訳叢書「奇想天外の本棚」の製作総指揮を務めています。
書誌情報
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