翌朝もう一度吊された。
花嫁は二度眠る
喜寿の祝いの夜に絞殺された当主が、翌朝もう一度吊される。二度殺す理由を追う旧家ミステリ。
山形県米沢の旧家、蘇芳家で、当主のカナが一晩のうちに二度、手にかけられます。『花嫁は二度眠る』は、その奇妙な事件から始まります。
喜寿を祝う夜に首を絞められたカナは、翌朝、鴨居から吊られた姿で見つかりました。すでに息絶えている人を、なぜもう一度殺さねばならなかったのか。
それから半年、事件を目撃した富樫幹夫の結婚式が近づくなか、同じく式を控えた従妹の貴詩が、前夜に遺体で見つかります。刊行の年の週刊文春ミステリーベスト10では、国内10位に入りました。
奇術師にして紋章上絵師、のちに直木賞を受ける書き手の、旧家ミステリです。
物語の入り口
山形県米沢に、蘇芳家という旧家があります。その当主、カナの喜寿の祝いの夜。
カナは、絞殺されました。ここまでなら、旧家の当主が祝いの夜に殺された、という事件です。
ところが、翌朝、さらに奇妙なことが起きていました。犯人は、絞殺したカナを、鴨居から吊ったのです。
一度殺した人を、もう一度殺す。二度殺された、というのは、そういう意味です。
喜寿の祝いという、一族が集まる晴れの夜に、それは起きました。
すでに息絶えている人を、なぜもう一度殺さねばならなかったのか。この問いが、物語の最初の一点です。
絞殺の時点で命は奪えていたはずなのに、犯人は翌朝になって、あらためて手を下しています。それまで読者の手元にあるのは、二度殺された、という状況そのものだけです。
半年が過ぎ、事件を目撃していた富樫幹夫の結婚式の日が来ます。その前夜、やはり式を挙げるはずだった従妹の貴詩が、遺体となって見つかります。
喜寿の祝いの夜の殺人と、半年後の結婚式の前夜の死。旧家の祝いの席が、二度、死によって塗り替えられます。
読者は、米沢の旧家の座敷に座らされます。喜寿の祝い、結婚式。
家の節目の行事のたびに、人が死ぬ。旧家という舞台には、家の歴史と、外からは見えない事情がある。
その空気のなかで、二度殺された当主と、結婚式の前夜に死んだ従妹の謎が、置かれています。喜寿の祝いから挙式までは、わずか半年。
祝いごとの支度が続く家のなかで、死もまた続いていきます。
読みどころ
すでに息絶えている人を、なぜもう一度殺さねばならなかったのか。物語の芯には、この奇妙な問いが据えられています。
殺人の理由を問うミステリは数多くありますが、ここで問われるのは、殺したあとにもう一度殺す理由です。絞殺と、鴨居から吊ること。
二つの行為のあいだに、何があったのか。旧家の祝いの夜に置かれたこの問いが、最後まで読者を引っ張ります。
家業の筆をとりながら書き続けた作家が、この問いにどう筆を入れていくのか。それを見届けるのが、本作を読む時間です。
もうひとつは、旧家という舞台の手触りです。山形県米沢の蘇芳家。
喜寿の祝い、結婚式、従妹。家の行事と血縁が、事件の背景をなしています。
当主の長寿を祝うはずの夜に、祝われる当人が命を落とし、翌朝には鴨居から吊られている。祝いと死とが一晩のうちに入れ替わるその落差が、この旧家の物語の最初の色を決めています。
旧家ものの重厚さと本格の骨格を、文庫一冊の分量に収めた作りです。
こんな人におすすめ
旧家を舞台にした本格を好む読者、なぜ、という問いの奇妙さに惹かれる読者に向いています。泡坂妻夫の著作を刊行順にたどっている人には、『蔭桔梗』で直木賞を受ける前の時期の長編として薦められます。
旧家ものを初めて読む人にも、入りやすい長さです。逆に、現代的な舞台や速いテンポを求める気分のときには、米沢の旧家の空気は少し重たく感じられるかもしれません。
作品の背景
『花嫁は二度眠る』の初刊は1984年4月、光文社のカッパ・ノベルスから。刊行の年の週刊文春ミステリーベスト10で、国内10位に入りました。
泡坂妻夫が『蔭桔梗』で直木賞を受ける六年ほど前にあたる時期の作品です。文庫一冊に収まる分量で、旧家の空気を味わうのにちょうどいい長さです。
手に取るなら
現行版は光文社文庫、または電子書籍。シリーズには属さない単独の長編ですから、泡坂妻夫の他の作品を読んでいなくても問題ありません。
カッパ・ノベルスの初刊から四十年あまりを経たいまも、蘇芳家の座敷には文庫で上がることができます。喜寿の祝いの夜の米沢へ。
なぜ、もう一度殺さねばならなかったのか。その問いを胸に、蘇芳家の門をくぐってください。
泡坂妻夫について
泡坂妻夫は1933年、東京・神田の生まれで、本名は厚川昌男です。筆名は本名のアナグラムになっています。
生家は着物に家紋を描き入れる紋章上絵師で、作家になってからも家業を続けました。奇術師としての顔も持ち、1969年には創作奇術をまとめた作品集で第2回石田天海賞を受けています。
1976年、短編「DL2号機事件」が第1回幻影城新人賞の佳作に入ってデビューしました。1978年に『乱れからくり』で第31回日本推理作家協会賞、1982年に『喜劇悲奇劇』で第9回角川小説賞を受けます。
のちには職人の世界を描く人情ものにも筆を広げ、1988年に『折鶴』で第16回泉鏡花文学賞、1990年に『蔭桔梗』で第103回直木賞を受けました。探偵役には亜愛一郎、曾我佳城、ヨギ ガンジーらがいます。
2009年に75歳で亡くなっています。
書誌情報
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