現代国内 2009
スパイ組織にスペアは不要。
狩るか、狩られるか。
『ダブル・ジョーカー』柳広司

書評

ダブル・ジョーカー

結城中佐のD機関と、対抗して生まれた風機関が互いを追い落としにかかる第2弾。

ダブル・ジョーカー 表紙画像
柳広司 KADOKAWA(角川文庫)2009年
目次

同じカードは二枚も要りません。どちらかがスペアです。

柳広司『ダブル・ジョーカー』は、陸軍のスパイ養成学校「D機関」の陰で、もう一つの秘密諜報組織が立ち上がるところから始まります。その名は風機関。

「躊躇なく殺せ、潔く死ね」を叩き込まれた集団が、D機関を追い落としにかかります。『ジョーカー・ゲーム』に続くシリーズ第2弾で、2009年に単行本が出て、2012年に角川文庫に入りました。

物語の入り口

前作で、D機関は陸軍の中枢の反対を押し切って設けられた、陸軍のなかの異物でした。異物を放っておかない者たちがいます。

D機関に対抗する組織が、同じ陸軍のなかに作られます。その名は風機関。

掲げるのは「躊躇なく殺せ、潔く死ね」。同じ陸軍のなかに、同じ目的のために作られた、まるで作法の違う組織です。

同じ組織にスペアはいらない。狩るか、狩られるか。

風機関はD機関を追い落としにかかり、D機関は、それを受けて立つことになります。前作で描かれたのは、D機関と外の敵との攻防でした。

表題作で向き合うのは、同じ軍服を着た同胞です。敵が外国のスパイなら、正体を暴けば勝ちです。

相手が味方の顔をした同胞であれば、勝ちの形そのものが見えにくくなります。どちらも陸軍の組織で、どちらも極秘で、どちらも上に報告する相手がいる。

追い落とす、という言葉の意味が、外の敵を相手にするときとは違ってきます。同じ陸軍の内側で、二つの組織のどちらが残るのか。

前作では考えなくてよかった問いが、今度は最初から机の上に載っています。

収録は五編。表題作のほか、「魔術師」と呼ばれた時代の結城を描く「柩」が入っています。

前作では、結城中佐は「魔王」の異名と、常人離れした訓練生たちを束ねる姿だけで語られていました。何者なのか、どこから来たのか、誰も知らない人物です。

「柩」は、その人物が「魔王」になる前に、別の名で呼ばれていた時代を扱います。前作を読んだ人なら、この一編の題を見ただけで、ページをめくる手が速くなるはずです。

各編は単独でも読めます。連作の順にこだわらず、気になる一編から開いても差し支えありません。

ただし表題作は、前作を読んでいたほうが、風機関の登場の意味がよく伝わります。

読みどころ

読みどころは、敵を外から内へ移したことで、前作と同じ攻防が別の顔を見せるところにあります。 スパイの仕事は、相手に自分の存在を知られないことです。

その相手が同じ陸軍のなかにいるとなれば、隠す相手と守る相手の区別が、どこかで曖昧になります。前作で確かめた流儀を、もう一度、条件を変えて試す。

第2弾の作りとして、筋の通った設計です。前作の訓練生たちは、外国の諜報機関を相手にしていました。

今度は、同じ言葉を話し、同じ軍服を着た相手と向き合います——スパイ小説の緊張が、言葉の壁の内側に持ち込まれるわけです。

風機関の教えが「躊躇なく殺せ、潔く死ね」であることも、効いています。殺すことと死ぬことを前提に置く組織と、それを前提に置かない組織。

どちらが強いのか、という問いは単純ですが、答えはページのなかでしか出ません。読む側は、どちらの組織にも肩入れしないまま、二つの流儀の衝突を眺めることになります。

「柩」の置かれ方も見事です。「魔王」の前に、「魔術師」と呼ばれた時代があった。

その一言だけで、シリーズの時間に奥行きが加わります——前作を読み終えたときに残った、あの人物は何者なのかという問いへ、初めて時間の方向から光が当たります。

作品の背景

『ダブル・ジョーカー』は、『ジョーカー・ゲーム』に続くD機関のシリーズの第2弾です。第1作が二つの文学賞をそろって受けた2009年のうちに、この続編は世に出ました。

受賞作の刊行翌年に出る続編には、ふつう二つの道があります。同じ器で同じことをもう一度やるか、器を変えるか。

この続編が選んだのは、器を保ったまま、盤面に新しい駒を置く道でした。D機関は変わりません。

変わったのは、D機関の外側です。刊行は2009年8月、角川書店からの単行本で、2012年6月に角川文庫へ入りました。

手に取るなら

現行版は角川文庫で、336ページです。掌編「眠る男」は文庫版だけの収録なので、手に取るなら文庫が選びやすいです。

順番は『ジョーカー・ゲーム』が先。あの読み合いをもう一度、と思った人には、同じ器のまま待っています。

風機関が何に対抗して生まれたのかは、前作を読んでいてこそ伝わります。シリーズはこのあと『パラダイス・ロスト』『ラスト・ワルツ』と続きますが、まずは、同じ陸軍のなかに二枚目のジョーカーが置かれる、その場面から。

柳広司について

柳広司は1967年、三重県に生まれました。神戸大学法学部を卒業し、1998年に「挙匪(ボクサーズ)」で第4回歴史群像大賞の佳作に入ったのち、2001年に原書房から出た『黄金の灰』で小説家になります。

同じ年には『贋作『坊っちゃん』殺人事件』で第12回朝日新人文学賞を受けました。

初期の仕事の軸は、実在の人物や名作を借りて謎解きを組むことでした。シュリーマン、ソクラテス、マルコ・ポーロ、夏目漱石、シートンといった人々が、探偵役や事件の当事者として作中に呼びこまれます。

2008年の『ジョーカー・ゲーム』は陸軍のスパイ養成機関「D機関」を描いた連作で、翌年に第30回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞をそろって受け、以後シリーズとして書き継がれました。歴史の枠組みに架空の事件を差し込む手つきは、スパイ小説に移ってからも変わっていません。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
刊行年
2009
ISBN-13
9784041003282
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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