現代国内 2011
雪おんなもろくろ首も、
現代の片隅で起きている。
『怪談』柳広司

書評

怪談

小泉八雲の『怪談』から6話を選び、舞台を現代へ移して謎解きと同じ器に収めた短編集。

怪談 表紙画像
柳広司 講談社(講談社文庫)2011年
目次

「雪おんな」「ろくろ首」「むじな」「食人鬼」「鏡と鐘」「耳なし芳一」。六つの題名を並べれば、筋は思い出せなくても、どこかで聞いた覚えはあるはずです。

小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの『怪談』のなかでも、いちばん知られたところばかりです。柳広司『怪談』は、その六話を骨組みだけ借りて、舞台をそっくり現代に移した短編集です。

描かれるのは、現代の片隅で起きている、不可解で奇妙な出来事です。2011年に光文社から出て、2014年に講談社文庫に入りました。

物語の入り口

八雲の『怪談』は、明治の日本で語り継がれていた古い話を、英語で書き留めた本です。雪の夜に現れる女、首の抜ける人、顔のない人。

どれも短く、どれも説明がつきません。説明がつかないから怖い、というのが怪談の基本の作法です。

この短編集は、その六話を現代に置きます。舞台は今の日本で、登場するのは今の日本を生きる人たちです。

何がどう置き換わったのかは、読んでからのお楽しみです。題名を見て、原典のあの話がどうなるのかを思い浮かべながらページを開くのが、この本のいちばん贅沢な入り方です。

原典を知らなくても差し支えはありません。知っていれば、置き換えの妙がもう一段見えます。

六話に共通しているのは、不可解で奇妙な出来事が、現代の片隅で起きるという枠組みです。片隅、というところが大事です。

怪異は、都市の真ん中や大事件の現場ではなく、誰かの日常のはしに、小さく顔を出します。そこから、物語が動きはじめます。

大きな声で語られる怪談ではなく、隣の部屋から聞こえてくる怪談。片隅に置かれたことで、六話の怪異は、読む人の生活のすぐ隣に来ます。

一編あたりは短く、電車の移動時間ひとつで読み切れる長さです。ただ、続けて読むより、一晩に一編ずつのほうが効く種類の本だと思います。

読み終えたあと、原典の当該話を引っぱり出して読み比べる。八雲の『怪談』は短いので、その往復にもさして手間はかかりません。

何を残し、何を捨て、何を足したのか。往復するたびに、この短編集の作り方が少しずつ見えてきます。

読みどころ

読みどころは、怪談と謎解きという、本来そりの合わない二つを同じ器に収めたところにあります。 怪談は説明のつかなさで背筋を冷やし、謎解きは説明がついた瞬間に快感を生みます。

片方の値打ちが、もう片方の値打ちを打ち消す。そういう二つを一冊のなかで両立させようというのですから、無理筋のようにも見えます。

その無理筋を、この短編集はどう通したのか。答えは各編のなかにあります。

読む前に知ってしまうと損をする種類の答えです。

先に言えるのは、怖さの置き場所です。ホラーが苦手な人でも近づきやすい一方で、読み終えたあとの後味は軽くありません。

幽霊や怪物が飛び出して驚かせる怖さではなく——読み終えて本を閉じたあと、部屋の静けさが少し変わって感じられる種類の怖さです。

そして、六話それぞれが独立して読める短編でありながら、通して読むと、この作家の八雲への向き合い方が一つの姿を結びます。組み直しの仕事を続けてきた書き手が、理屈の通らない話を相手に選んだ。

その選択の意味は、読み進めるうちに見えてきます。

作品の背景

古典の組み直しを主戦場の一つとしてきた柳広司が、今度の相手に選んだのは八雲です。これまで借りてきたのは漱石であり、ホームズであり、博物学者でした。

いずれも理屈の通る世界の住人です。今度借りるのは、理屈の通らないことを語るために書かれた話です。

同じ手つきで組み直すにしても、素材の性質がまるで違います。理屈の通る世界でなら、組み直しは骨組みを取り替える作業で済みます。

理屈の通らない話を組み直すには、理屈をどこまで持ち込むかを、まず決めなければなりません。単行本は2011年12月20日に光文社から216ページで出て、2014年6月13日には講談社文庫へ移り、272ページになりました。

手に取るなら

現行版は講談社文庫、272ページ。八雲の『怪談』は文庫で手軽に読めるので、二冊を並べて置いておくのがおすすめです。

順番はこちらを先に。原典を先に読み返しておく必要はありません。

静かな夜に、一編だけ——この短編集には、そういう贅沢な使い方がいちばん似合います。まず一編、開いてみてください。

柳広司について

柳広司は1967年、三重県に生まれました。神戸大学法学部を卒業し、1998年に「挙匪(ボクサーズ)」で第4回歴史群像大賞の佳作に入ったのち、2001年に原書房から出た『黄金の灰』で小説家になります。

同じ年には『贋作『坊っちゃん』殺人事件』で第12回朝日新人文学賞を受けました。

初期の仕事の軸は、実在の人物や名作を借りて謎解きを組むことでした。シュリーマン、ソクラテス、マルコ・ポーロ、夏目漱石、シートンといった人々が、探偵役や事件の当事者として作中に呼びこまれます。

2008年の『ジョーカー・ゲーム』は陸軍のスパイ養成機関「D機関」を描いた連作で、翌年に第30回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞をそろって受け、以後シリーズとして書き継がれました。歴史の枠組みに架空の事件を差し込む手つきは、スパイ小説に移ってからも変わっていません。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
2011
ISBN-13
9784062778572
系譜
現代国内 / 連作短編

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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