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REVIEW · 書評
N° 034 · 2026-07-21
死はすぐそばに 表紙画像
現代英国 ★ イチオシ

死はすぐそばに

アンソニー・ホロヴィッツ / 東京創元社(創元推理文庫)
" ロンドンの閉鎖的な高級住宅地で起きた殺人。シリーズ第5作の本格長編。
#現代によみがえる黄金期#週末をまるごと溶かす
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📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
curator's read

ミステリーとしての読みどころ

ロンドン西郊、テムズ川を望む一角に、わずか6軒の家が身を寄せ合う行き止まりの小道があります。表札の並びは穏やかで、生垣はきれいに刈り込まれ、住人同士は会えば会釈を交わす。

そんな絵に描いたような住宅地で、ある日ひとりの男が、クロスボウの矢を喉に受けて倒れていた——。『死はすぐそばに』は、静けさそのものが不穏に見えてくる、現代英国ミステリの一冊です。

著者について

著者のアンソニー・ホロヴィッツは、いまのイギリスを代表する物語の書き手です。少年の活躍を描くヤングアダルト〈女王陛下の少年スパイ! アレックス〉シリーズをベストセラーに送り出し、人気テレビドラマ『刑事フォイル』の脚本を手掛け、コナン・ドイル財団公認のもと〈シャーロック・ホームズ〉の新作長編『絹の家』まで書いてしまう。

活動の幅がとにかく広い作家です。なかでもアガサ・クリスティへのオマージュとして書かれた『カササギ殺人事件』は、『このミステリーがすごい!』や本屋大賞〈翻訳小説部門〉の1位をはじめ史上初の7冠に輝き、翻訳ミステリの読者に名を刻みました。

本書はそのホロヴィッツが手掛ける〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズの第5作。探偵ホーソーンが難事件に挑む、シリーズ本流の長編です。

事件の舞台となるのは、ロンドン・リッチモンド・アポン・テムズにある「リバーヴュー・クロウズ」。テムズ川沿いに整えられた高級住宅地の一角で、6軒の家が一本の行き止まりの小道(クルドサック)を囲むように建っています。

通りは奥で途切れ、よそ者がふらりと迷い込むこともない。住人たちは互いの車の音も、庭の手入れの具合も、来客の顔ぶれまで見知っている——それくらい小さく、閉じた共同体です。

長らく保たれてきたその均衡を崩したのが、新しく越してきた金融業界のやり手、ジャイルズ・ケンワージーでした。

彼は、住民たちが大切に守ってきた理想的な住環境を、遠慮なく乱していきます。昼夜を問わない騒音、敷地を掘り返すプールの建設計画——新参者のふるまいの一つひとつが、古くからの住人の神経を逆撫でしていく。

それでも表向きは、誰もが礼儀正しい会釈を絶やしません。刈り込まれた生垣のあいだで、口には出されない苛立ちと敵意だけが、静かに、確実に溜まっていきます。

読者は、穏やかな街並みの一軒一軒に不満が積もっていく気配を、塀の外からうかがう位置に立たされることになります。

そしてある朝、そのケンワージーが、クロスボウの矢を喉に受けた姿で見つかります。凶器はある、動機もある。

ただし厄介なのは、その動機を住民の「全員」が等しく持っていたことでした。彼に日々の平穏を壊され、いなくなればいいと願う理由なら、この小道の誰もが胸の内に抱えている。

容疑者が足りないのではなく、多すぎる。警察はこの一筋縄ではいかない事件を前に、ついに外部の探偵ホーソーンを招き入れます。

あらゆる期待を超えてきたと評される、〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉の新たな一幕の始まりです。

読みどころ

閉じた共同体で、行儀のよい表面の下から憎悪が滲み出す——これは英国本格が繰り返し奏でてきた主旋律です。 クリスティが小さな村セント・メアリ・ミードで描き続けた、狭い人間関係のなかでこそ殺意は育つという視点。

本書はその伝統を、現代ロンドンの高級住宅地へと持ち込みます。しかも「全員に動機がある」という古典的な難局を正面から設定し、フェアな謎解きとして立ち上げている。

自らをクリスティの末裔と任じるにふさわしい一冊です。

その手際は評価にもはっきり表れました。刊行された年の暮れ、本書は〈週刊文春〉ミステリーベスト10、〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉ミステリが読みたい!、『本格ミステリ・ベスト10』の海外部門でそろって第1位を獲得。

『おすすめ文庫王国』『このミステリーがすごい!』でも上位に食い込み、その年の翻訳ミステリを代表する話題作となりました。

手がかりを一つずつ拾い、論理だけで犯人を追い詰めていく——そういう厳密なパズルの手触りを何より求める読者には、じっくりと人間関係を描いていく語り口が、少しゆったり感じられる場面もあるかもしれません。本書の面白さは、閉じた住宅地に渦巻く感情の湿度と、誰もが怪しいという状況そのもののスリルにあります。

人物の思惑を味わいながら、探偵とともに一軒ずつ容疑者を吟味していく読み方が好きな方には、週末をまるごと預けたくなる充実感があるはずです。

手に取るなら

入手は東京創元社・創元推理文庫、山田蘭訳で。山田蘭はホロヴィッツの『カササギ殺人事件』『ヨルガオ殺人事件』から、シリーズの『メインテーマは殺人』『その裁きは死』まで一貫して訳してきた名コンビで、読み心地は折り紙付きです。

巻末には古山裕樹による解説も収められています。第5作にあたりますが、一編の本格ミステリとして単独でも問題なく読み通せます。

シリーズを第1作から追ってきた読者はもちろん、ここから探偵ホーソーンと出会う入り口にしても間違いのない、現代英国ミステリの最前線です。

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書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
原書刊行年
2024
邦訳刊行年
2024
ISBN-13
9784488265151
系譜
現代英国 / メタ本格 · シリーズ探偵物