神社には切断された死体。
深泥丘奇談・続
廃神社に響く鈴、閏年に狂い咲く桜。ずれた京都の奇談が枝を伸ばす第二集。
眩暈に襲われるたび、ミステリ作家の「私」は、見慣れた古都の景色の外側へ連れ出されていきます。『深泥丘奇談・続』は、ミステリ作家の「私」が“もうひとつの京都”で怪異に遭遇する連作の、第二集です。
題材となる怪異は三つ。廃神社に響く“鈴”、閏年に狂い咲く“桜”、そして神社で起きた“死体切断事件”。
第一集に続いて、同じ“もうひとつの京都”を歩く一冊です。怖がらせにくる本ではありません。
それでいて、読み終えたあとは、見慣れた街が少し違って見えます。
物語の入り口
語り手は、第一集と同じ、ミステリ作家の「私」です。住んでいるのは、“もうひとつの京都”。
今回、彼を怪異のほうへ誘うのは、激しい眩暈です。足もとが揺らぐたびに、見知ったはずの街角で、得体の知れないものと行き合うことになります。
題材は、三つ挙げられています。廃神社に響く“鈴”。
閏年に狂い咲く“桜”。そして、神社で起きた“死体切断事件”。
鈴と桜は、京都の風景のなかにいくらでもあるものです。それが、廃神社で響き、閏年に狂い咲く。
ふつうの風景が、少しだけ条件を変えられて、怪異の側に傾いていく。三つ目の死体切断事件は、いかにもミステリ作家の「私」に似つかわしい題材です。
謎解きの書き手が、怪異の連作のなかでこの題材を選んでいる。その取り合わせが、まず目を引きます。
連作短編集ですから、一話ずつ独立して読めます。「私」は眩暈に襲われ、街を歩き、何かに出会う。
その繰り返しのなかで、“もうひとつの京都”の輪郭が、第一集よりも少しはっきりしてきます。作中の京都には固有の地名や場所が繰り返し出てきて、巻を重ねるほど、読者の頭のなかで地図に育っていく。
本作はその地図が、目に見えて広がる二冊目です。
読者は、眩暈を抱えた「私」と並んで、廃神社の前に立ち、狂い咲く桜を見上げることになります。人の手を離れた神社と、咲くはずのない時期に開く花。
どちらも、見慣れた京都の景色から一歩だけ外れたところにあります。その一歩の外側へ、眩暈が「私」を連れ出します。
読みどころ
二冊目の読みどころは、第一集で見えてきた“もうひとつの京都”の輪郭が、廃神社や狂い咲く桜の場所まで描き足されて広がっていくところにあります。 固有の地名や場所が繰り返し出てくるので、巻を重ねるほど、“もうひとつの京都”は読者の頭のなかで地図になっていきます。
第一集から順に追ったほうが手ざわりは豊かになる、というのは、そういう意味です。鈴、桜、死体切断事件。
三つの題材が、その地図の上に新しい印を置いていきます。京都の実在の街並みを思い浮かべながら読むと、印のひとつひとつが、知っている通りのすぐ隣に打たれているように感じられます。
もうひとつは、怖がらせにくる本ではない、ということです。廃神社も狂い咲く桜も、道具立てとしては怪談そのものですが、綾辻行人の筆はそれを煽りません。
鈴が響いても、桜が狂い咲いても、文章の調子は変わらない。静かに、淡々と、眩暈のなかで出会ったものを書き留めていく。
その静けさが、かえって後を引く。館の謎解きを書いてきた作家の、もうひとつの筆致が、二冊目でいっそう落ち着いた形になっています。
こんな人におすすめ
第一集『深泥丘奇談』を読んで、あの街の続きを歩きたくなった読者に、まず向いています。怪奇と幻想の香りを好み、静かな怪談を好む人にも。
京都に土地勘があれば、地図の広がりはいっそう楽しめます。一話ずつ独立しているので、何日かに分けて一話ずつ読み進めても、街の手ざわりは途切れません。
逆に、はっきりした恐怖や、事件の解決を求める気分のときには、本作の静けさは物足りなく感じられるかもしれません。それは欠点ではなく、この連作の性格です。
作品の背景
綾辻行人は、怪談専門誌『幽』を主な発表の場に、京都を素材にした連作を書き継いできました。第一集『深泥丘奇談』、この『深泥丘奇談・続』、そして第三集『深泥丘奇談・続々』。
三冊で連作は閉じます。三冊とも角川文庫で揃いますから、順に追うのに不便はありません。
本作の単行本は2011年3月、メディアファクトリーから。2013年2月にMF文庫ダ・ヴィンチ、2014年9月に角川文庫と版を移し、現行版は角川文庫で304ページ、電子版もあります。
収録作のひとつ「切断」は、連作の単行本より早く、2009年12月に光文社のアンソロジー『Anniversary 50』に収められていました。
手に取るなら
現行版は角川文庫で、電子版もあります。三冊で閉じる連作の第二集ですから、できれば第一集から順に。
“もうひとつの京都”の地図は、一冊目より二冊目のほうがずっと広がっています。眩暈のなかで、廃神社の鈴の音を聞きに行ってください。
閏年の桜が咲く頃なら、なおさらです。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
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