現代国内 2007
幽霊はいないと証明する夜、
幽霊は本当に現れた。
『理由あって冬に出る』似鳥鶏

書評

理由あって冬に出る

学校の幽霊話を、高校生たちが手持ちの材料だけで理屈に落としていくデビュー作。

理由あって冬に出る 表紙画像
似鳥鶏 東京創元社(創元推理文庫)2007年
目次

冬の夜、灯りの消えた校舎の一角で、フルートの音が聞こえるそうです。ある市立高校の芸術棟に流れるそんな噂から、似鳥鶏『理由あって冬に出る』は動き出します。

幽霊などいないと証明したい生徒と、いると信じて怯える生徒。そのあいだに、立会人として呼び出された一人の少年が立たされます。

学校の怪談を、高校生たちが真顔で検証の土俵に引きずり出そうとします——〈市立高校〉シリーズの幕開けにして、著者のデビュー作です。

物語の入り口

舞台は、某市立高校の芸術棟です。吹奏楽部は送別演奏会を目前に控え、どうしても練習を積まなければならない時期にありました。

ところが、芸術棟にはフルートを吹く幽霊が出るらしい、という噂が広まります。噂に怯えた部員は練習に来なくなってしまい、演奏会の準備は立ちゆかなくなっていきます。

部をまとめる部長にとって、放っておけない事態です。

部長が選んだのは、噂を打ち消す説得ではなく、証明でした。幽霊など出ないことを自分たちの目で確かめ、立証してしまえばいい。

そこで部員の秋野麻衣とともに、夜の芸術棟を見張ることを決めます。ただし部長の理屈はもう一段続きます。

見張った当人たちが何も出なかったと言うだけでは、信じてもらえないかもしれない。だから、外の人間に立ち会ってもらう必要がある。

この几帳面な理屈によって立会人に選ばれたのが、葉山君でした。

こうして立会人は、夜の芸術棟へと足を運びます。見張りの目的は、何も起きないことを確認することです。

静まりかえった建物で、何事もなく時が過ぎればそれでよい。ところが、その夜、幽霊は本当に現れてしまいます。

出ないことを証明するために集まった生徒たちが、そのまま目撃者になってしまうのです。立証のために用意された手続きが、そっくり裏返って彼ら自身に返ってくる格好です。

読み手は、立会人として連れてこられた少年の隣に据えられ、あの夜いったい何が起きたのかという同じ問いを抱えることになります。噂として聞き流すには、幽霊はあまりにも本当に現れてしまいました。

かといって、その場ですぐに説明がつくわけでもありません。この宙づりの地点から、急ごしらえの高校生たちが、幽霊騒ぎの解明に乗り出します。

読みどころ

読みどころは、学校の怪談を、高校生の手の届く理屈で一つずつ確かめていく手続きにあります。

律儀さの最初の例は、部長の発想です。幽霊がいないことを示すには見張ればよく、見張りの結果を信じてもらうには第三者を立てればよい。

怪談を前にして、まず証明の段取りを組み立てる——この段取りが最初に組まれているので、幽霊の噂は怖がる対象である以前に、検討される対象として扱われます。語り口は笑いを誘う場面が多いものの、その下で推理の手続きはきちんと踏まれていきます。

もうひとつは、怪奇の気配とユーモアの同居です。夜の校舎、誰もいないはずの芸術棟、どこからか響くフルート。

道具立てだけを見れば、背筋の冷える怪談そのものです。けれども、そこに集まるのは送別演奏会の心配をする吹奏楽部員と、部長の段取りに巻き込まれた立会人です。

怖がらせる道具立てのすぐ隣に、間の抜けた人間の事情が並びます。怪奇の気配と、軽妙な笑い。

向きの違う二つの手ざわりが、同じ夜の校舎のなかで隣り合っています。

学園ものの軽快なやりとりが肌に合わない方には、登場人物の会話がにぎやかに映るかもしれません。それでも、その軽さの下に置かれた証明の段取りこそが、デビュー作を支える骨組みです。

こんな人におすすめ

身近な場所で起きる不思議を、理屈で解きほぐしていく物語が好きな方に向いています。校舎の怪談や部活動の空気に懐かしさを覚える方なら、舞台に入り込むのはたやすいでしょう。

長いシリーズを最初の一歩から追いかけたい方にとっても、迷わず選べる出発点です。

作品の背景

この長編は、第16回鮎川哲也賞で佳作に選ばれた応募作です。受賞作ではなく佳作でしたが、原稿は改稿を経て2007年10月に創元推理文庫から刊行され、似鳥鶏の最初の本になりました。

この作品は〈市立高校〉シリーズの第1作で、このシリーズは葉山君シリーズとも呼ばれます。続いて『さよならの次にくる』『まもなく電車が出現します』『いわゆる天使の文化祭』『昨日まで不思議の校舎』と巻を重ね、学校を舞台にした連作として続いていきます。

その出発点にあたるのが、夜の芸術棟を舞台にしたこの幽霊騒ぎです。

手に取るなら

いま手に取るなら、創元推理文庫版です。254ページと手ごろな厚さで、装画はけーしん、装幀は西村弘美が手がけています。

〈市立高校〉シリーズの第1作なので、シリーズを読むならまずここから始め、『さよならの次にくる』へ進むのが順当です。立証のための見張りが、どうして目撃の夜に変わってしまったのか。

夜の芸術棟へ、葉山君と一緒に足を運んでみてください。

似鳥鶏について

似鳥鶏は1981年、千葉県の生まれです。2006年、『理由あって冬に出る』が第16回鮎川哲也賞の佳作に入り、デビューしました。

同作に始まる〈市立高校〉シリーズのほか、〈楓ヶ丘動物園〉シリーズ、『戦力外捜査官』に始まる警察もの、『難事件カフェ』など、学校、動物園、警察、喫茶店と舞台の異なる系列をいくつも並行させながら、謎解きを書き継いできました。『戦力外捜査官』はテレビドラマにもなっています。

2017年の『彼女の色に届くまで』は、第18回本格ミステリ大賞の候補に挙がりました。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
2007
ISBN-13
9784488473013
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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