現代国内 2013
幽霊が探しているのは、
消えた自分の死体。
『Another エピソードS』綾辻行人

書評

Another エピソードS

自分の死体を探す幽霊と少女の夏が、怪奇と謎解きのあわいへ誘います。

Another エピソードS 表紙画像
綾辻行人 KADOKAWA(角川文庫)2013年
目次

1998年の夏休み。両親とともに海辺の別荘へやってきた見崎鳴が出会ったのは、青年の幽霊でした。

彼は死の前後の記憶を失い、消えてしまった自分自身の死体を探している。『Another エピソードS』は、その幽霊と鳴が、ある屋敷を舞台に、二人だけの探しものに乗り出す物語です。

『Another』の世界を、見崎鳴の夏の体験の側から描いた、シリーズの二作目。幽霊に出会う怖さと、失われた記憶を知りたいという好奇心が隣り合い、海辺で過ごす夏休みが、忘れがたい物語の入口に変わります。

分量は控えめで、怪奇の手ざわりと謎解きの構えが同居する一冊です。

物語の入り口

1998年の夏休み。見崎鳴は、両親とともに海辺の別荘へやってきます。

夏の海、別荘、家族との休暇。ごくふつうの夏休みの風景です。

海の音、別荘の静けさ、長い午後。何も起こらないはずの時間が、そこには流れています。

ところがそこで、鳴はひとりの青年に遭遇します。彼は、幽霊でした。

生きている人間ではない相手と、少女はこの夏を過ごすことになります。

青年は、死の前後の記憶を失っています。自分がどう死んだのか、その前後に何があったのか、思い出せない。

そして、自分の死体が消えてしまっている。彼が探しているのは、その死体です。

自分の死体を探す幽霊です。死んだ本人が、自分の死の事情を知らない。

知るためには、まず自分の死体を見つけなければならない。

舞台は、どこか得体の知れない屋敷です。そこで、幽霊と鳴は誰にも明かさない冒険に踏み出します。

幽霊が何者なのか、死体はどこにあるのか、屋敷には何があるのか。海辺の別荘で始まったありふれた休暇は、こうして、消えた死体を探す夏へと変わっていきます。

読者は、鳴と並んで、この夏休みの屋敷を歩くことになります。幽霊に出会う怖さと、失われた記憶を知りたいという好奇心。

ふつうなら別々に置かれるはずの二つが、ここでは隣り合っています。怖いのに、知りたい。

知りたいから、怖くても進む。夏休みという身近な時間のなかに、説明のつかない存在がいる。

その構図が、この控えめな分量の物語を、最後まで引っ張っていきます。

読みどころ

自分の死体を探す幽霊という一点の奇妙さが、怖さと謎の両方を物語に呼び込んでいます。 幽霊は怖いものとして描かれるのがふつうですが、この青年は、自分の死の事情を知らず、自分の死体を探している。

怖がる側と怖がらせる側の関係が、最初から少しずれています。失ったのは命だけではありません。

死体も、死の前後の記憶も、青年の手もとから消えている。三つが欠けているからこそ、その探しものは、そのまま一つの謎として立ち上がります。

その幽霊と少女が、秘密の冒険に出る。怖いはずの相手と手を組む、という関係の奇妙さも、この物語の味わいです。

怪奇の手ざわりと謎解きの構えが同居する、という本作の性格は、この設定そのものから生まれています。

もうひとつは、見崎鳴という少女の側から物語が描かれていることです。『Another』の本編で不思議な存在感を放っていた彼女が、ここでは夏休みを過ごす少女として、幽霊と向き合う。

本編を読んだ人には、あの少女のもうひとつの顔を知る機会になります。本編を知らない人にも、海辺の夏と幽霊の物語として、そのまま差し出せる一冊です。

こんな人におすすめ

『Another』を読んで、見崎鳴という少女のことをもっと知りたくなった読者に、まず向いています。怪奇と幻想の香りを好み、夏の物語に惹かれる読者にも。

分量が控えめなので、一日で読み終えられます。夏の終わりに読むと、季節の空気がそのまま物語に重なります。

逆に、本編のような重さと厚みを期待して開くと、本作の軽やかさに少し肩透かしを感じるかもしれません。それは、この夏の物語の性格です。

作品の背景

中学校の一クラスを舞台にした『Another』は、綾辻行人の作品のなかでも恐怖の側に置かれた長編で、2009年に角川書店から刊行されています。本作はその『Another』の世界に、もう一度光を当てた作品です。

刊行は2013年に単行本、2016年に角川文庫。電子版もあります。

Anotherシリーズとしては二作目にあたり、本編で不思議な存在感を放っていた見崎鳴の、夏の体験を描いています。本編を読んだ人にとっては、あの少女の別の顔を知る一冊。

本編を知らない人にとっても、海辺の別荘で幽霊と出会う少女の物語として、独立して読むことができます。

手に取るなら

現行版は角川文庫。Anotherシリーズの二作目ですが、本作単独でも物語は追えます。

順番としては『Another』の本編を先に読むのが自然ですが、この夏の物語から入っても差し支えありません。夏の午後、海辺の別荘で、自分の死体を探す幽霊と出会ってみてください。

怖さと好奇心の両方を、一冊のなかで確かめられます。

綾辻行人について

綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。

研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。

1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。

奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
刊行年
2013
ISBN-13
9784041041277
系譜
現代国内

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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