友の殺人容疑を晴らせるか。
マレー鉄道の謎
常夏の高原に生まれた目張りの密室。旅情と論理が拮抗する、協会賞受賞の一作。
旧友・大龍の招きで、マレーの楽園、キャメロン・ハイランドを訪れた火村と有栖川。二人を迎えたのは、舞い飛ぶ蝶ならぬ「殺人の連鎖」でした。
ドアや窓に内側から目張りをされた密室での犯行。その嫌疑は、招待主の大龍に向かいます。
帰国までの数日で、火村は友人を救えるか。『マレー鉄道の謎』は、火村英生シリーズの〈国名シリーズ〉第6弾で、2003年に第56回日本推理作家協会賞を受けた長編です。
常夏の高原に生まれた目張りの密室と、帰国の便までという時間の枷。旅情と論理が、同じ速さで締め上げられていきます。
物語の入り口
火村英生と有栖川有栖は、旧友・大龍の招きで、マレーシアのキャメロン・ハイランドを訪れます。常夏の国の高原、マレーの楽園と呼ばれる避暑地。
臨床犯罪学者と推理作家の二人にとって、それは仕事ではなく、休暇のはずでした。目次には、「キャメロン・ハイランドへ」「雲の影」「封印された死」「フィールドワーキング・ホリデー」という章題が並びます。
二人を迎えたのは、舞い飛ぶ蝶ならぬ「殺人の連鎖」でした。しかも、その犯行は密室で起きていた。
ドアや窓に、内側から目張りがされている。誰も出入りできないはずの部屋で、人が死んでいる。
そしてその嫌疑は、二人を招いた当の大龍に向かいます。旧友を訪ねた楽園で、その旧友が容疑者になる。
旅の空気は、一変します。
帰国までの数日。火村に与えられた時間は、それだけです。
勝手の違う異国の地で、使える手は限られている。それでも、友人にかけられた嫌疑を晴らさなければならない。
休暇の客として招かれた二人は、招いた当人が疑われている高原で、そのまま調べる側に回ることになります。
読者は、常夏の高原の、目張りされた部屋の前に立たされます。異国が舞台であることは、探偵役にとって制約として働きます。
使える手が限られるぶん、推理の純度は上がる。それが本格の原理です。
旅情と論理が、帰国の便までという時間の枷のなかで、同時に締め上げられていく。読者もまた、火村と一緒に、残り時間を数えながら読むことになります。
飛行機の便が迫るほど、論理の密度は上がっていきます。
読みどころ
異国の高原に生まれた目張りの密室と、帰国までの数日という締め切りとが、火村英生の推理を両側から急き立てます。 内側から目張りされた部屋、という不可能状況。
異国という、探偵にとっての制約。そして友人にかけられた嫌疑という、私的な切実さ。
三つの条件が、キャメロン・ハイランドの高原に重なります。密室をどう解くかが、そのまま友人を救えるかどうかに直結している作りです。
もうひとつは、旅情です。マレーの楽園、舞い飛ぶ蝶、常夏の高原。
旅の物語としての魅力が、事件の緊張と拮抗しています。高原の涼しさと、密室の息苦しさ。
その落差が、この一冊の手触りです。火村と有栖川の組み合わせを知る入り口としても、本作はよくできています。
シリーズ未読の人が最初に手に取っても、二人の関係はこの高原の事件だけで十分に伝わります。
こんな人におすすめ
密室ものを好む読者、異国を舞台にした旅情のあるミステリに惹かれる読者に向いています。火村英生シリーズをこれから読む人の入り口としても、協会賞受賞作という意味で、まず薦めやすい一冊です。
文庫で544ページの厚みがあり、導入の「フラッシュ・バック」のあとに「キャメロン・ハイランドへ」から始まる四つの章が続きます。逆に、短く軽い読み物を求める気分のときには、この高原の滞在は少し長く感じられるかもしれません。
作品の背景
本作は火村英生シリーズのうち、題名に国名を冠した〈国名シリーズ〉の第6弾にあたります。火村英生シリーズの通算では12作目です。
刊行は2002年5月、講談社ノベルスから。
翌2003年、第56回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門を受賞しました。前年に刊行された362作を予選で5編に絞り、5月23日の本選考で決定。
同じ部門では、浅暮三文の『石の中の蜘蛛』も同時に受賞しています。2005年に講談社文庫に入り、544ページ、解説は鷹城宏。
電子版とAudibleもあります。著者はのちに火村英生シリーズで2018年に第3回吉川英治文庫賞を受けました。
手に取るなら
現行版は講談社文庫。火村英生シリーズの一作ですが、事件はこの巻で完結し、シリーズ未読でも火村と有栖川の関係はここで掴めます。
〈国名シリーズ〉を順に追う人にも、協会賞受賞作として、まず読んでおきたい一冊です。常夏の高原へ、帰国の便の時刻を確かめてから出かけてください。
目張りの密室が、そこで待っています。
有栖川有栖について
有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。
卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。
作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。
2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。
書誌情報
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