現代国内 2009
前妻たちが死んだ蔵で、
狐狗狸さんが始まった。
『密室の如き籠るもの』三津田信三

書評

密室の如き籠るもの

旧家の蔵座敷、狐狗狸さんの最中に起きる惨劇。刀城言耶シリーズ初の短編集。

密室の如き籠るもの 表紙画像
三津田信三 講談社(講談社文庫)2009年
目次

刀城言耶シリーズの、初めての短編集です。三津田信三『密室の如き籠るもの』は、表題を「ひめむろ」と読ませる連作で、書き下ろしの表題作のほか、『メフィスト』に載った「首切の如き裂くもの」「迷家の如き動くもの」「隙魔の如き覗くもの」の全4編を収めています。

表題作の舞台は旧家の猪丸家。そこに現れた記憶のない謎の女・葦子が、開かずの間だった蔵座敷で“狐狗狸さん”を始めます。

刀城言耶が訪れた日にも“狐狗狸さん”が行なわれ、密室と化した蔵座敷の中で血の惨劇が起こります。2009年の刊行で、「本格ミステリ・ベスト10」2010年版の国内18位に入りました。

物語の入り口

表題作の入り口は、旧家の猪丸家です。ここに、記憶のない謎の女が現れます。

名は葦子。彼女は、開かずの間だった蔵座敷で“狐狗狸さん”を始めます。

ただし、その蔵座敷はただの開かずの間ではありません。当主・岩男の前妻たちが死んだ場所でした。

前妻たちの死んだ部屋で、いまは記憶を持たない女が狐狗狸さんを始めている——部屋に刻まれた死の来歴と、そこで始まった遊びとが、同じ場所で重なり合います。

刀城言耶が猪丸家を訪れた日にも、“狐狗狸さん”が行なわれます。探偵役が屋敷にいるその日に、同じ遊びがもう一度くり返されるわけです。

そして、密室と化した蔵座敷の中で、血の惨劇が起こります。「ひめむろ」と読ませる密室の中で、狐狗狸さんの最中に。

記憶のない女、前妻たちが死んだ蔵座敷、降霊のような遊び、そして密室。怪談の道具立てと本格の道具立てが、一つの部屋に同居しています。

表題作以外の3編は、題名から想像するほかありません。「首切」「迷家」「隙魔」。

いずれも「如き」の題名を持ち、刀城言耶が関わる話です。短編集なので、一編ごとに新しい土地と怪異に出会うことになります。

一つの村に何百ページも留まるのではなく、四つの怪異を順に訪ねる形です。題名に置かれた「首切」「迷家」「隙魔」という語の並びだけでも、それぞれ違う種類の怖さが待っていることは察しがつきます。

読みどころ

本書の醍醐味は、刀城言耶の流儀が、短い形の中で四回続けて味わえるところにあります。 怪異をまず土地の人の理屈のまま受け止め、そのうえで論理を通す。

シリーズの長編で何百ページもかけて行われていることが、ここでは一編ずつ、締まった長さで行われます。狐狗狸さんの最中の惨劇という表題作の設定は、その流儀を試すのにふさわしい舞台です。

人ならぬものを呼ぶ遊びのさなかに、人が倒れる。怪談として受け止めるか、事件として考えるか、その分岐が一つの部屋の中に置かれています。

もうひとつは、短編集ならではの読み口です。大作の三津田信三は、読みにくい固有名詞と細かな風習を頭に入れる手間を求めます。

本書はその手間が一編ごとに軽く、528ページを四つの事件に割って、一編ずつ区切りながら進めていけます。その情報量に尻込みしていた人が、刀城言耶の世界に入る扉としてちょうどよい厚さです。

ただし、短いからといって薄いわけではありません。蔵座敷の密室は、短い紙幅の中できちんと不可能として置かれ、きちんと説明を求められます。

怪異の側の解釈も切り捨てられず、土地の人の理屈として同じ重さで書かれます。短くても、怖がりながら考えるという読書の二重性は削られていません。

長編の濃さを知っている人には、同じ濃さが四つに分けられていると考えてもらえば、見当がつくはずです。

作品の背景

刀城言耶シリーズは2006年の『厭魅の如き憑くもの』に始まり、厚い本を一冊ずつ重ねてきました。本書はそのシリーズ初の短編集で、2009年4月に講談社ノベルスから352ページで出ました。

2012年5月に講談社文庫に入り、528ページ、電子版もあります。「本格ミステリ・ベスト10」2010年版で国内18位。

大作が続いてきたシリーズに、初めて短い形が加わった一冊です。

手に取るなら

現在手に取るなら、講談社文庫版です。528ページ、電子版もあります。

刀城言耶シリーズの一作ですが、短編集という形のため、シリーズを読んでいなくても一編ずつ楽しめます。2009年の講談社ノベルス版は352ページで、三編が『メフィスト』初出、表題作だけが書き下ろしという成り立ちです。

長編から入るか短編から入るか迷っている人には、まずこちらで作風を確かめる、という順序を勧めます。狐狗狸さんが始まる蔵座敷は、前妻たちが死んだ開かずの間——その部屋の扉を、刀城言耶と一緒に開けてみてください。

三津田信三について

三津田信三は1962年、奈良県の生まれです。高野山大学文学部を卒業し、出版社で編集者として働いたのち、2001年に『ホラー作家の棲む家』でデビューしました。

出発点はホラーの側にあり、作者と同じ名の作家が登場する作家三部作では、怪談にメタ的な仕掛けを組み合わせています。

2006年の『厭魅の如き憑くもの』に始まる刀城言耶シリーズでは、怪奇幻想小説を書く作家の刀城言耶が、土地に伝わる怪異と絡み合う事件に向き合います。最後まで読まないと推理小説なのか怪異譚なのか分からない構えを持ち味とし、2010年に『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞の小説部門を受けました。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
2009
ISBN-13
9784062771528
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 連作短編
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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