そこで連続殺人が始まる。
乱鴉の島
無数の鴉が舞う孤島に集う謎めいた人々を、火村英生の論理が追いつめる本格長編。
『乱鴉の島』で、犯罪社会学者の火村英生は、友人の有栖川有栖と旅に出て、手違いで目的地と違う島に送られてしまいます。人気もなく、無数の鴉が舞い飛ぶ暗鬱な島。
そこに隠棲する、高名な老詩人。彼の別荘に集まりくる、謎めいた人々。
島を覆う死の気配。そして、不可思議な連続殺人。
孤島という異界に潜む恐るべき「魔」に、火村の論理が迫ります。『本格ミステリ・ベスト10』2007年版で国内編の首位に置かれた、火村英生シリーズの長編です。
物語の入り口
火村英生シリーズは、犯罪社会学者の火村英生と、友人で推理作家の有栖川有栖が組む連作です。今回の二人は、事件を追うために出向くのではなく、連れ立って旅に出ます。
ところが、手違いで、目的地とは違う島に送られてしまう。着いた先は、人気のない島でした。
無数の鴉が、空を舞い飛んでいる。暗鬱、という形容がふさわしい島です。
旅の予定が狂ったところから、この物語は始まります。ただの旅のはずが、上陸した瞬間から、別のものに変わっていきます。
その島には、高名な老詩人が隠棲していました。そして彼の別荘には、謎めいた人々が集まってきます。
人気のない孤島の別荘に、素性の知れない人々が顔をそろえている。その光景だけで、読者の背筋は少し冷えるはずです。
島を、死の気配が覆っています。そして、不可思議な連続殺人が起こる。
孤島という異界に潜む、恐るべき「魔」。推理作家と犯罪社会学者の二人連れは、無数の鴉が見下ろす島で、その「魔」と差し向かいになります。
読者は、鴉の舞う島の別荘に、招かれざる客として立たされます。孤島、隔絶、謎めいた顔ぶれ、連続殺人。
クローズドサークルの盤面が、これ以上ないほど濃い色で塗られています。この顔ぶれが、なぜこの島に集まっているのか。
その問いを胸に抱えたまま、読者は火村の隣で、島の異界に踏み込んでいくことになります。
読みどころ
死の気配に覆われた鴉の島へ、火村が論理だけを携えて踏み込んでいくところに、この長編の妙味があります。 暗鬱な島、隠棲する老詩人、謎めいた人々。
道具立ては、怪奇と幻想の側に大きく寄っています。それでも、火村が使うのは論理だけです。
幻想の色が濃い舞台で、論理の白さが際立つ。その対比が、この物語の美しさです。
島に集まった謎めいた顔ぶれを前にしても、火村は怪異の気配に身を任せることなく、目の前の事実を一つずつ拾い、推論を重ねていきます。手がかりを積み上げて答えに辿り着くという作者の持ち味が、幻想の濃い舞台に置かれることで、かえってくっきりと浮かび上がります。
鴉の羽音と老詩人の沈黙に包まれた島で、その論理がどこまで届くのかを、読者は火村の半歩後ろから見守ることになります。
もうひとつは、不穏な余韻です。鴉、死の気配、魔。
この一冊に並ぶ言葉は、どれも本格ミステリとしては異例なほど暗い。その暗さが、論理の切れ味と両立している。
しかも二人がこの島に来たのは、自分たちの意思ではなく、手違いでした。行くはずのなかった場所で事件に行き当たる巡り合わせが、島の異界めいた色を、いっそう濃くしています。
鴉の羽音が絶えない島の空気は、頁を繰るあいだずっと読者の背中に張りついて離れません。
こんな人におすすめ
外界から切り離された孤島ものの舞台設定を好む読者、怪奇の香りと論理の切れ味を同時に味わいたい読者に向いています。火村英生シリーズのなかでは、本格ミステリ・ベスト10で首位に立った作品でもあります。
事件は一冊で完結しますから、シリーズの途中から読んでも問題ありません。512ページの分量ですから、島へ渡った二人と同じように、読者もしばらく腰を据えることになります。
逆に、明るく後味のよい読み物を求める気分のときには、この島の暗さは少しこたえるかもしれません。
作品の背景
刊行は2006年6月、新潮社から。現行版は新潮文庫で512ページ、電子版もあり、巻末には村上貴史による解説が付いています。
刊行の翌年、『本格ミステリ・ベスト10』2007年版で国内編の1位に選ばれました。シリーズの長い歴史のなかでも、その年の本格の頂点に立った長編です。
手に取るなら
現行版は新潮文庫。火村英生シリーズの一冊ですが、本作単独でも筋は追えます。
512ページの長丁場ですが、村上貴史の解説まで含めて一気に読み通したくなるはずです。手違いで送られた暗鬱な島へ、火村と有栖川とともに上陸してみてください。
有栖川有栖について
有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。
卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。
作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。
2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。
書誌情報
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