現代国内 2003
同窓会の日に仲間が殺された。
奪われたのは腕時計だけ。
『スイス時計の謎』有栖川有栖

書評

スイス時計の謎

消えた腕時計ひとつを問いに据え、手がかりから論理で犯人に迫る中編集。

目次

2年に一度開かれていた「同窓会」の当日、メンバーの一人が殺されました。そして、被害者のはめていた腕時計が、消失している。

いったい、なぜか。『スイス時計の謎』の表題作は、その一点から始まります。

臨床犯罪学者・火村英生と推理作家・有栖川有栖のコンビによる〈国名シリーズ〉第7弾で、表題作を含む全4篇を収めた中編集です。『本格ミステリ・ベスト10』2004年版で国内2位、第4回本格ミステリ大賞の小説部門候補。

手がかりから犯人までの道のりを、4つの物語でそれぞれ一本ずつ引いてみせる一冊です。

物語の入り口

表題作の舞台は、同窓会です。2年に一度、決まって開かれていた集まり。

その当日に、メンバーの一人が殺されます。旧交を温めるはずの日が、殺人の日になる。

2年ぶりに顔を合わせた面々のあいだに、疑いが走ります。それだけでも十分に不穏ですが、この事件には、もうひとつ奇妙な点がありました。

被害者のはめていた腕時計が、現場から消えていたのです。

なぜ、腕時計だけが持ち去られたのか。消えたのは、被害者の手首にあった時計ひとつ。

この問いが、表題作の軸です。火村の推理は隙なく組み上がり、そのあとで最後に、「犯人」の口から「動機」が語られる。

推理の完成と動機の告白が、同じ一篇のなかで二度の山を作ります。

表題作のほかに、「あるYの悲劇」「女彫刻家の首」「シャイロックの密室」の3篇が収められています。どの篇も、火村と有栖川のコンビが、目の前の材料だけで詰め切る型の中編です。

中編という長さが、論理を組み上げるのにちょうどよく働いています。

読者は、同窓会の会場に、メンバーの一人として座らされます。2年ぶりの再会のざわめきのなかに、ひとつ空席ができた格好です。

腕時計が消えた、という一点。手がかりは、隠されていません。

読者の前に、そのまま置かれています。そこから論理で犯人に到達できるか。

中編という長さは、思考の道筋を追うのにちょうどよく、一篇ごとに区切って、腰を据えて考えることができます。

読みどころ

消えた腕時計ひとつを問いに据え、表題作は最後の一手まで隙のない推理を組み上げていきます。 手がかりを読者の前へ隠さずに置き、そこから論理で犯人に到達させる。

有栖川有栖の持ち味が、表題作ではとりわけ濃く出ています。目の前の材料だけで詰め切る気持ちよさは、格別です。

腕時計という小さな一点が、最後まで問いの中心にあり続けます。

もうひとつは、最後に明かされる「動機」です。推理が完成したあとで、犯人の口から動機が語られる。

この構成そのものに、この中編の重みがあります。論理で犯人に辿り着いたあと、もうひとつの答えが待っている。

中編という長さは、推理の道筋を一歩ずつ追うのにちょうどよく、読み手はその先に置かれた動機の場面まで、息を切らさずに辿り着けます。謎が解けた瞬間に幕が下りるのではなく、解けたあとでもう一度、人の側の答えを聞かされる。

その順番が、消えた腕時計の謎に重い後味を残します。

こんな人におすすめ

置かれた手がかりを一つずつ拾い上げ、論理で犯人に辿り着きたい読者に、まず向いています。中編集ですから、表題作を読み終えたところで一度頁を閉じ、残る3篇へは日を改めて進むこともできます。

火村英生シリーズを追ってきた人には、〈国名シリーズ〉の第7弾として、シリーズの論理の手つきを中編の長さで存分に追える巻になるでしょうし、シリーズ未読の人が本格の醍醐味を確かめる入り口としても、表題作は最適です。逆に、物語の情感や人物の内面を第一に求める人には、論理の純度が少し乾いて感じられるかもしれません。

作品の背景

刊行は2003年5月、講談社ノベルスから、全4編を収めて。前年刊の『マレー鉄道の謎』が第56回日本推理作家協会賞を受賞した、その直後の一冊が本作です。

『本格ミステリ・ベスト10』2004年版で国内2位に入り、第4回本格ミステリ大賞の小説部門候補にもなりました。2006年5月に講談社文庫に入り、電子書籍とオーディオブックもあります。

火村と有栖川の登場する〈作家アリス〉の物語のうち、題名に国名を冠したものが〈国名シリーズ〉で、『ロシア紅茶の謎』から始まり、一冊ごとに事件は独立しています。本作はその第7弾です。

手に取るなら

現行版は講談社文庫。〈国名シリーズ〉の第7弾ですが、一冊ごとに事件は独立していますから、ここから入っても問題ありません。

まずは表題作から。消えた腕時計ひとつを手がかりに、火村より先に犯人に辿り着けるか、試してみてください。

問いは、腕時計がなぜ消えたのか、ただそれだけです。残る3篇も、同じ手つきで、同じ気持ちよさを用意しています。

有栖川有栖について

有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。

卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。

作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。

2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。

書誌情報

出版社
講談社
刊行年
2003
ISBN-13
9784062753876
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴
·

有栖川有栖をもっと読む

全作品一覧へ →

似た読み味を、他の作家で

気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本

この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

プロフィールを見る →