現代国内 1995
エレベーターで十六秒。
OLはバラバラだった。
『解体諸因』西澤保彦

書評

解体諸因

バラバラ死体だけを9つ並べた短編集。解体を解くべき条件として扱う、乾いた筆致のデビュー作。

解体諸因 表紙画像
西澤保彦 講談社(講談社文庫)1995年
目次

16秒。34個。

7つの首。6つの箱。

西澤保彦『解体諸因』に並ぶ事件は、数字で語るとこうなります。エレベーターが8階から1階へ降りる16秒のあいだに解体されたOL。

34個に切り刻まれた主婦。首が順繰りにすげ替えられた7つの連続殺人。

6つの箱に分けられた男。バラバラ殺人事件だけを9つ集めた短編集です。

1995年1月に講談社ノベルスから出た、西澤保彦の最初の本でもあります。挑むのは、匠千暁(たくみちあき)。

のちに10冊を数えるシリーズの、第1作です。

物語の入り口

6つの箱に分けられた男。7つの首が順繰りにすげ替えられた連続殺人。

エレベーターで16秒間に解体されたOL。34個に切り刻まれた主婦。

どれも、遺体が解体されている、という一点で共通しています。そしてどれも、どうやってそんなことが可能だったのかがわかりません。

16秒という時間で、人ひとりを解体できるのか。首を順繰りにすげ替えるとは、どういう手順なのか。

数字を聞いた時点で、問いはもう立っています。

ひとつのモチーフだけで、短編集を作る。しかもそのモチーフが、遺体の解体です。

9篇すべてがバラバラ殺人で、それぞれが1話ずつ完結しています。一つの謎を何百ページもかけて追うのではなく、一篇ごとに新しい死体と、新しい問いが差し出されます。

箱、首、エレベーター、34個——並べただけで、同じ短編集の中の事件とは思えないほど顔つきが違います。題材は一つなのに、事件の見かけはばらばらです。

挑むのは匠千暁です。のちに10冊を数えるシリーズの探偵役ですが、ここが最初の登場になります。

箱に分けられた男でも、すげ替えられた首でも、彼が向き合う相手は毎回、解体された遺体です。読者は、最初の死体の前に、彼と並んで立たされます。

読みどころ

ひとつめは、凄惨であるはずの題材が、読んでいるうちに解くべき条件へと変わっていくところです。 バラバラ殺人、と聞けば猟奇趣味の本かと身構えるでしょう。

実際には、その湿り気はごく薄い。何個に分けられたか。

それにどれだけの時間が要ったか。凄惨な光景であるはずのものが、いつのまにか数字として机の上に置かれていく。

解体の場面を読ませるのではなく、解体という事実を条件として示す。そこに、この書き手の筆致の芯があります。

9篇が同じ題材で並んでいても重たく感じにくいのは、この乾いた書きぶりのためです。

もうひとつは、数字の使い方です。16秒、34個、7つ、6つ。

事件はまず、数で差し出されます。数で示された事件は、読む側にも、その数のまま頭に置いておくことを求めます。

凄惨さに目を奪われるより先に、数が目に入る。数字を並べるだけで、事件どうしの違いもはっきり見えてきます。

これがデビュー作の時点ですでに、この書き手の事件の見せ方になっています。

血なまぐさい看板を見て、そういう読み物を期待して開くと、淡々とした推理の運びに肩透かしを食うかもしれません。逆に、看板で敬遠していた人には、思っていたのと違う、という驚きがあります。

看板と中身のねじれを面白がれるかどうかが、この本との相性を決めます。9つの事件を、9つの問題として受け取れる人に向いた短編集です。

作品の背景

本作は西澤保彦のデビュー作で、匠千暁シリーズの第1作にあたります。本になるまでの道のりは、『聯殺』が最終候補に残った第1回鮎川哲也賞の、受賞パーティーの席で島田荘司に紹介され、「いいものがあったら見てあげます」と声をかけられたところから始まりました。

のちに本作の第一稿を島田に送ると、原稿は講談社の編集者・宇山日出臣の手に渡り、1995年1月に講談社ノベルスから刊行されました。1997年12月には講談社文庫に入っています。

手に取るなら

現在は講談社文庫で読め、電子版は2013年から配信されています。1話ずつ完結しているので、一篇読んでは本を置き、空いた時間にまた次の死体へ、と短く区切って進める読み方に向いています。

この作家とシリーズを最初から追うなら、ここが出発点です。以後の連作を先に読んでいる人にとっては、探偵役の第一歩を確かめる回になります。

16秒と34個と7つの首と6つの箱。数字の並びを頭に置いて、最初の死体から始めてみてください。

西澤保彦について

西澤保彦は1960年、高知県安芸市に生まれ、2025年に64歳で亡くなりました。アメリカのエカード大学で創作法を学び、帰国後は高知大学経済学部の教務助手や高校の講師を務めながら小説を書き続けます。

1990年には「聯殺」が第1回鮎川哲也賞の最終候補に残り、1995年に『解体諸因』で作家としてデビューしました。

同じ一日を繰り返す『七回死んだ男』や『人格転移の殺人』のように、SF的な設定を本格ミステリに持ち込み、その規則を示したうえで推理の土台に据える作風で知られます。〈匠千暁〉〈神麻嗣子〉〈腕貫探偵〉と複数のシリーズを並行して書き継ぎ、2023年には短編「異分子の彼女」で第76回日本推理作家協会賞の短編部門を受けました。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
1995
ISBN-13
9784062636735
系譜
現代国内 / 連作短編 · シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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