現代国内 2008
陸軍が反対した学校で、
魔王はスパイを育てる。
『ジョーカー・ゲーム』柳広司

書評

ジョーカー・ゲーム

戦前の陸軍に生まれた養成学校を舞台に、銃を使わない頭脳戦だけで押し切る連作五編。

ジョーカー・ゲーム 表紙画像
柳広司 KADOKAWA(角川文庫)2008年
目次

スパイ小説と聞いて思い浮かべるものを、いったん脇へ置いてから開くほうがいい一冊です。銃撃も、追跡劇も、ここでは主役になりません。

柳広司『ジョーカー・ゲーム』は、昭和十二年の陸軍に極秘裏に設けられたスパイ養成学校「D機関」を舞台に、その精鋭たちの諜報戦を描く連作五編です。2008年に刊行され、翌年に第30回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受けました。

ここから、D機関のシリーズが始まります。

物語の入り口

昭和十二年の秋。日中戦争が始まった、その年の秋です。

陸軍が外へ向かって大きくなっていく時期に、内側で静かに一つの学校が作られました。陸軍の中枢からは反対の声が上がり続けるなか、結城中佐という一人の男が押し切る形で、スパイ養成学校「D機関」が設けられます。

「魔王」の異名で呼ばれる中佐のもとに集められたのは、常人離れした十二人の精鋭。訓練生たちは互いの素性を知らされていません。

同じ屋根の下で訓練を受けながら、隣にいる男が何者なのか、誰も知らないまま日々が過ぎていきます。

D機関が育てようとしているのは、軍人ではなく、スパイです。陸軍の中枢から反対の声が上がり続けるなかで、中佐は設立を押し切りました。

そうして生まれた学校は、陸軍のなかにありながら、その存在を極秘にされています。訓練生は十二人。

互いの素性を知らないまま、同じ学校で訓練を受け、やがて任務へ送り出されていきます。陸軍という大きな組織の内側で、ほとんど誰にも知られずに動く小さな組織。

それが、この物語のD機関です。

五編は、それぞれ別の話です。一編ごとに人が替わり、場所が替わり、任務が替わります。

銃撃や追跡劇は、どの編でも主役になりません。決着をつけるのは、情報の受け渡しです。

ある部屋で人が向き合い、言葉を交わし、席を立つ。その一つ一つの出来事が、諜報戦の場面として描かれていきます。

任務の中身は一編ごとに違い、読む側はそのたびに新しい状況の前に立たされます。

読みどころ

ひとつめは、銃撃や追跡劇ではなく、情報の受け渡しで決着がつくことです。 追いつめられて撃ち合う場面も、車で逃げる場面も、中心には置かれていません。

派手な場面が主役にならないぶん、読む側の注意は、人物が交わす言葉の一つ一つに向かいます。文庫で288ページに五編。

一編は短く、一話ずつ区切って読める分量です。一編を読み終えたところで本を閉じ、日をあらためて次の編へ進むこともできます。

もうひとつは、連作という形です。五つの話は独立していて、一編ごとに人も場所も任務も替わります。

訓練生たちは互いの素性を知らされていませんから、同じ学校を出た者どうしでも、相手が何者かはわかりません。一つの任務を追い続ける長い物語ではなく、別々の場所で進む五つの仕事が、一冊のなかに並んでいます。

どの一編から読みはじめても、D機関という枠組みはすぐにつかめます。

受賞は刊行翌年の2009年で、第30回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞の二つを、同じ年に受けています。後者は長編及び連作短編集部門の賞です。

スパイ小説の連作五編が、推理小説の賞であるこの部門で選ばれました。賞の名前を二つ並べると重々しく見えますが、中身は一編ずつ読める短い話の集まりです。

作品の背景

本作の舞台は、昭和十二年の陸軍という実在の組織と、そのなかに極秘裏に設けられた一つの学校です。柳広司は2006年に『トーキョー・プリズン』で巣鴨プリズンを舞台にしており、本作もそれに続いて、昭和の日本を舞台に選んでいます。

シリーズは『ダブル・ジョーカー』『パラダイス・ロスト』『ラスト・ワルツ』と続き、累計は100万部を超えています。2015年には東宝配給・入江悠監督、亀梨和也主演で映画になり、2016年4月からはProduction I.G制作のテレビアニメが放送されました。

2001年のデビューから七年目の作品です。

手に取るなら

単行本は2008年8月に角川書店から四六判256ページで出て、2011年6月23日に角川文庫に入りました。現行版はその角川文庫、288ページです。

一編ごとに話が閉じますから、一話ずつ間を空けて読んでも筋を見失いません。シリーズの第一作なので、ここから『ダブル・ジョーカー』へ進む順番で差し支えありません。

映画やアニメから入った人が原作を確かめるのにも向いています。昭和十二年の秋、陸軍のなかに、誰も知らない学校がひとつ開かれる。

読むのは、その扉の内側です。

柳広司について

柳広司は1967年、三重県に生まれました。神戸大学法学部を卒業し、1998年に「挙匪(ボクサーズ)」で第4回歴史群像大賞の佳作に入ったのち、2001年に原書房から出た『黄金の灰』で小説家になります。

同じ年には『贋作『坊っちゃん』殺人事件』で第12回朝日新人文学賞を受けました。

初期の仕事の軸は、実在の人物や名作を借りて謎解きを組むことでした。シュリーマン、ソクラテス、マルコ・ポーロ、夏目漱石、シートンといった人々が、探偵役や事件の当事者として作中に呼びこまれます。

2008年の『ジョーカー・ゲーム』は陸軍のスパイ養成機関「D機関」を描いた連作で、翌年に第30回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞をそろって受け、以後シリーズとして書き継がれました。歴史の枠組みに架空の事件を差し込む手つきは、スパイ小説に移ってからも変わっていません。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
刊行年
2008
ISBN-13
9784043829064
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 連作短編
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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