映画班までついてきた。
人形は笑わない
夜に歩く人形のうわさと、村に立つ塔。取材旅行がそのまま謎解きに変わる第9作。
夜になると、人形が歩きまわる。そんなうわさの残る村へ、名探偵が取材に出かけます。
『人形は笑わない』は、はやみねかおるの〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉第9作。人形作家が建てた人形の塔と、そこで3年まえに起きた謎めいた事件。
しめやかに進むはずだった取材行が、同行者のせいで賑やかな遠出へと変わっていく。伝承の不気味さと、少年少女の騒がしさを同じ皿に盛ってしまう、このシリーズらしい一冊です。
物語の入り口
きっかけは、雑誌の謎解き紀行の取材です。行き先は毬音村。
この村には、人形にまつわる話がいくつも積み重なっています。夜、歩きまわる人形たちのうわさは、ほんとうなのか。
かつてこの地にいた人形作家、栗須寧人は、なぜ人形の塔などというものを建てたのか。そしてその塔で3年まえに起きた、謎めいた事件の真相は何なのか。
取材のテーマとしては申し分のない、暗く深い井戸のような素材が三つ並んでいます。
そこまで並べれば、しめやかで陰鬱な物語が始まりそうなものです。ところが実際には、そうはなりません。
虹北学園文芸部のレーチたち、映画スタッフを名乗る一団までが取材について来てしまうからです。静かに調べるはずだった村めぐりは、あっという間に人数の多い賑やかな遠出へ変わっていきます。
シリアスに展開するはずだったが、と苦笑まじりに評されるとおり、深刻さと騒がしさが同じ道を歩くことになる。相性が悪そうな二つを平気で同居させるのが、このシリーズのやり方です。
名探偵の側にも、独特のねじれがあります。夢水清志郎は物忘れの名人で、ものぐさで、生活能力という点ではまるで頼りになりません。
それでいて事件が立ち上がったとたん、推理だけが別人のように冴えわたる。作中でしばしば「迷探偵」と綴られるのは、その落差への軽い揶揄でもあります。
人形の塔という、いかにも怪奇小説めいた舞台に彼が置かれると、その温度差はいっそう際立ちます。読者は賑やかな一行の後ろについて村を歩きながら、人形のうわさを笑い飛ばしてよいのか、真に受けるべきなのか、決めかねたまま塔に近づいていくことになります。
読みどころ
うわさという曖昧なものが、少しずつ形を持ちはじめる。その過程に、この作品の謎解きの芯があります。
夜に歩く人形も、塔を建てた理由も、はじめは村の人が口にする言葉でしかありません。それが具体的な手がかりへ変わっていく手つきに、本格ミステリの骨組みがはっきり見えます。
怪談として聞けば怖いだけの話を、調べる対象として扱い直す。取材という枠組みが、その姿勢を自然に支えています。
夜に歩く人形という、いかにも作り話めいたうわさを、どこまで本気で相手にするのか。その線引きを読者自身も試されることになります。
もうひとつは、同行者の存在です。映画スタッフを名乗る学生たちの賑やかさは、物語の緊張をゆるめる役目を果たしながら、同時に、村の静けさとの対比で伝承の不気味さを際立たせてもいます。
騒がしいからこそ、ふと静かになった瞬間が怖い。この呼吸の作り方は、子ども向けと侮れません。
こんな人におすすめ
土地に根づいた伝承と、少年少女の合宿めいた旅の空気を両方味わいたい人に向いています。人形という題材に少し身構える読者も、この賑やかな一行と一緒なら安心して村に入っていけるはずです。
逆に、静かな恐怖をじっくり味わいたい読者には、この騒がしさは邪魔に感じられるかもしれません。旅もの、伝承もの、そして名探偵もの。
三つの味を一冊で楽しめる巻です。
作品の背景
本書は2001年8月、講談社青い鳥文庫から刊行されました。320ページ、挿絵は村田四郎。
あいだに江戸を舞台にした外伝二冊をはさんでいたため、本編としては1998年の『機巧館のかぞえ唄』以来、3年ぶりの新作でもありました。本作の道中の賑やかさも、子どもが途中で本を置かないためにはやみねかおるが作品に仕込んできた工夫の一部と読めます。
手に取るなら
現行版は講談社青い鳥文庫。電子版も2014年から配信されており、思い立った日に読み始められます。
シリーズの積み重ねを知っていればより楽しめますが、この巻から読み始めても迷子にはなりません。人形の塔の名前に惹かれたなら、そこから入って構わない一冊です。
シリーズが本編に戻ってきた節目の巻でもあるので、外伝二冊を飛ばした人も、ここで足並みを揃えられます。
はやみねかおるについて
はやみねかおるは1964年、三重県伊勢市の生まれです。三重大学教育学部で数学を学び、1987年から小学校の教壇に立ちました。
クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、自分で書きはじめたのが作家としての出発点です。1989年、『怪盗道化師』が第30回講談社児童文学新人賞の佳作に選ばれ、翌1990年の刊行でデビューしました。
2000年に教職を離れてからは執筆に専念しています。
〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉のほか、〈怪盗クイーン〉〈都会のトム&ソーヤ〉〈少年名探偵虹北恭助の冒険〉と、子ども向けの謎解きを三十年以上書き継いできました。別々のシリーズの人物や世界がつながり合う遊び心も持ち味です。
子どもたちが選ぶうつのみやこども賞を4度受け、2023年には第61回野間児童文芸賞特別賞を贈られています。
書誌情報
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