現代国内 2002
消失マジックの予告状。
老夫人が部屋から消えた。
『「ミステリーの館」へ、ようこそ』はやみねかおる

書評

「ミステリーの館」へ、ようこそ

マジシャンが建てた館に届く予告状。消失と密室に名探偵が挑むシリーズ第10作。

「ミステリーの館」へ、ようこそ 表紙画像
はやみねかおる 講談社(講談社青い鳥文庫)2002年
目次

引退したマジシャンが、自分の手で館をひとつ建ててしまう。その館に人が招かれる。

それだけで、ミステリの読者はもう身構えてしまいます。『「ミステリーの館」へ、ようこそ』は、はやみねかおるの〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉第10作。

招待客、脅迫状、予告どおりの消失、そして密室。ミステリが長い時間をかけて磨いてきた道具立てを、児童向けのレーベルで真正面から組み上げた一冊です。

物語の入り口

館の主は、グレート天野という老マジシャン。現役を退いた彼が心血を注いでつくりあげたのが、その名も『ミステリーの館』でした。

マジシャンが建てた館というだけで、どこに仕掛けがあってもおかしくない気がしてきます。そこへ人々が招かれる。

館の名前からして、招待客はすでに何かを期待しているはずです。待っていたのは、しかし歓待ではありません。

幻夢王を名乗る何者かからの脅迫状が、一同の前に差し出されます。

そして翌日、脅迫状の予告はそのとおりに実行されます。第一の予告状にあった「消失マジック」という言葉どおり、老夫人が部屋から消えてしまうのです。

あとに残されたのは、出入りの説明がつかない部屋。予告状は冗談ではなかった、と誰もが理解する瞬間です。

舞台の上で起きる消失なら、種があると誰もが知っていて、それでも目の前で起きれば驚いてしまう。けれど、これは舞台ではありません。

館の一室で、本当に人がいなくなった。密室の謎に、夢水清志郎が向き合うことになります。

その夢水は、相変わらず物忘れの名人で、ものぐさで、マイペース。招待客が青ざめているそばで、ひとりだけ調子の変わらない人がいる。

読者は招待客の一人のような位置に立たされます。予告状を読み、消えた部屋の前に立ち、次は何が起きるのかと身構える。

そのすぐ横で、頼りない探偵がいつもの顔をしている。この落差が、閉じた館という舞台のおかげで、本作ではいっそう際立ちます。

読みどころ

館、招待客、名を隠した予告者、そして密室。古典的な部品を子ども向けレーベルの器に置きながら、どれひとつ手加減せずに組み上げています。

マジックという題材との相性のよさも見逃せません。不可能に見えるものを目の前で起こしてみせる、という点で、マジシャンの仕事と館で起きた出来事は似た顔をしています。

それを館ごと具現化してしまった主人の発想が、そのまま物語の推進力になっています。

296ページという分量は、このシリーズのなかではむしろ引き締まったほうです。館に人が集まり、予告が出て、事件が起きる。

無駄のない導入から、余計な回り道をせずに謎解きの中心へ向かっていく運びになっています。物忘れの名人でものぐさな夢水が、いつ推理の冴えを見せるのか。

息をのむ招待客に交じって、その一瞬を待つ時間にも独特の可笑しさがあります。挿絵は村田四郎で、館の佇まいや人物の表情が文章の合間に立ち上がってくるのも、このシリーズを読む楽しみのひとつです。

こんな人におすすめ

館ものの雰囲気が好きな読者、あるいは不可能に見える状況が理屈でほどけていく瞬間を求めている読者なら、レーベルの表記は気にせずに手に取っていい一冊です。マジックが好きな子どもへの一冊としても、入り口はよく開いています。

予告状が届き、そのとおりに人が消える。ミステリの醍醐味を、子どもに最短距離で伝えてくれる本でもあります。

逆に、人物の内面を長く追う心理劇を求める気分のときには、この道具立て中心の運びは少し乾いて感じられるかもしれません。

作品の背景

本書は2002年8月29日、講談社青い鳥文庫から刊行されました。296ページ、挿絵は村田四郎。

シリーズも10作目となり、探偵と読者の付き合いがすっかり長くなった時期の作品です。その10作目の舞台に据えられたのが、マジシャンが建てた館という、古くからある題材でした。

手に取るなら

現行版は講談社青い鳥文庫。電子版は2014年から配信が始まっています。

2013年3月刊行の漫画版は前編・後編の二分冊で、絵で見る『ミステリーの館』を先に味わってから小説に戻る、という寄り道もできます。シリーズ第10作ですが、館に招かれるところから始まる話なので、この巻から入っても困りません。

館と予告状という道具立てに惹かれるなら、迷わず最初の一冊に選んでよい巻です。

はやみねかおるについて

はやみねかおるは1964年、三重県伊勢市の生まれです。三重大学教育学部で数学を学び、1987年から小学校の教壇に立ちました。

クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、自分で書きはじめたのが作家としての出発点です。1989年、『怪盗道化師』が第30回講談社児童文学新人賞の佳作に選ばれ、翌1990年の刊行でデビューしました。

2000年に教職を離れてからは執筆に専念しています。

〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉のほか、〈怪盗クイーン〉〈都会のトム&ソーヤ〉〈少年名探偵虹北恭助の冒険〉と、子ども向けの謎解きを三十年以上書き継いできました。別々のシリーズの人物や世界がつながり合う遊び心も持ち味です。

子どもたちが選ぶうつのみやこども賞を4度受け、2023年には第61回野間児童文芸賞特別賞を贈られています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社青い鳥文庫
刊行年
2002
ISBN-13
9784061485976
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · メタ本格

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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