署名は伝説の怪物。
あやかし修学旅行 鵺のなく夜
修学旅行に届いた鵺の署名入り中止命令。伝説の残る土地へ名探偵が同行するシリーズ第11作。
「修学旅行を中止せよ」。手紙にはそう書かれていて、署名の位置には鵺とだけありました。
『あやかし修学旅行 鵺のなく夜』は、はやみねかおるの〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉第11作。龍神や鵺の伝説が残る土地へ向かう学校行事に、校長の代理という妙な立場で名探偵が同行します。
移動しつづける舞台と集団行動という、謎解きにはおよそ不向きな条件を、怪奇の気配ごと引き受けた一冊です。
物語の入り口
きっかけは、虹北学園の修学旅行の行き先が決まったことでした。目的地はO県T市。
龍神の伝説が残り、鵺にまつわる話が語り継がれ、不思議な石についての言い伝えもあるという土地です。楽しい旅になるはずでした。
生徒たちにとっては、ただの旅行先が、にわかに気になる場所へ変わっていく。伝説の土地へ行けるという浮き立った気分と、少しだけ背中がひやりとする感じ。
その両方を抱えたまま、出発の日が近づきます。
その矢先に、例の手紙が届きます。「修学旅行を中止せよ 鵺」。
行事を中止するわけにもいかず、かといって放っておくこともできない。そこで校長の代理という名目で旅に加わることになったのが、名探偵夢水清志郎でした。
教師でもなければ引率の専門家でもない人物が、集団行動のただなかに紛れこむ。この配置がまず楽しいところです。
物忘れの名人で、ものぐさでマイペース。ふだんはおよそ頼りにならないのに、ひとたび事件が起きると推理だけがさえわたる。
修学旅行という管理の行き届いた場に、この種類の大人がひとり混ざっているだけで、話は転がりはじめます。
夢水は修学旅行から無事に帰ってこられるのか。そんな問いが、読み始めてすぐに浮かびます。
無事に帰れるかどうかを心配される引率者というのも、なかなかいません。生徒を守るために来たはずの大人が、いちばん守られていそうに見える。
その逆転が、旅の緊張を笑いでほぐしてくれます。読者は生徒たちの列のどこかに紛れて、伝説の土地を歩き、鵺と署名した誰かの影を探しながら、頼りない大人の背中を見ていることになります。
読みどころ
修学旅行という舞台は、謎解きの器としてなかなか厄介です。 人数が多く、班行動で視点が分かれ、日程に沿って場所そのものが移り変わっていく。
ひとつの屋敷に閉じこもる話とは組み立てがまるで違います。そのうえ今回は、土地に残る伝説が背景に敷かれている。
怪奇の気配が濃くなるほど、それを理屈で受けとめる名探偵の立ち位置がはっきりしてくる、という構図です。この条件でどう謎解きを成立させるのか、という興味だけでも、ページをめくる理由になります。
伝説の土地を歩く生徒たちのざわめきと、鵺と名乗る誰かの影。旅の楽しさと不安が、同じ日程表の上に並んでいます。
352ページと、シリーズのなかでも厚めの部類に入りますが、旅の準備から出発、移動、宿泊と、日程が進むにつれて情報が少しずつ積み上がっていく構成なので、この分量が重荷になることはありません。挿絵の助けを借りて、土地の空気や生徒たちのやりとりが立ち上がってきます。
旅程表を横に置いて読むような、行事ものならではの楽しさもあります。
こんな人におすすめ
伝承と現実のあいだで話が揺れる作品が好きな読者、学校行事のわくわくした感じと謎解きが同居する物語を探している読者には、素直に薦められる一冊です。逆に、閉ざされた館でじっくり容疑者を絞るタイプの謎解きを求めているなら、この動きの多い舞台は少し落ち着かないかもしれません。
作品の背景
本書は2003年7月、講談社青い鳥文庫から刊行されました。352ページ、挿絵は村田四郎。
シリーズの第1作『そして五人がいなくなる』が世に出たのは1994年2月ですから、本作はちょうど10年目に差しかかるころの一冊にあたります。登場人物たちの関係がすでに読者のあいだに定着した段階で、あえて学校の外へ全員を連れ出してみせた。
そういう位置づけの巻です。夢水清志郎のシリーズは累計360万部を超えて読まれてきました。
はやみねかおるは、本作の舞台となる虹北という地名を、別のかたちでも使っています。「少年名探偵虹北恭助の冒険」がそれで、同じ名を冠した世界がシリーズをまたいで広がっているわけです。
手に取るなら
現行版は講談社青い鳥文庫。電子版は2014年から配信されていて、紙の新書判を探しに行く手間をかけずに読みはじめることもできます。
シリーズ10年目の節目にあたる巻ですが、修学旅行の行き先が決まるところから始まるので、この巻から入っても置いていかれることはありません。
はやみねかおるについて
はやみねかおるは1964年、三重県伊勢市の生まれです。三重大学教育学部で数学を学び、1987年から小学校の教壇に立ちました。
クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、自分で書きはじめたのが作家としての出発点です。1989年、『怪盗道化師』が第30回講談社児童文学新人賞の佳作に選ばれ、翌1990年の刊行でデビューしました。
2000年に教職を離れてからは執筆に専念しています。
〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉のほか、〈怪盗クイーン〉〈都会のトム&ソーヤ〉〈少年名探偵虹北恭助の冒険〉と、子ども向けの謎解きを三十年以上書き継いできました。別々のシリーズの人物や世界がつながり合う遊び心も持ち味です。
子どもたちが選ぶうつのみやこども賞を4度受け、2023年には第61回野間児童文芸賞特別賞を贈られています。
書誌情報
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