現代国内 1996
雑誌の取材のお供をする。
取材先は《殺人ゲーム》。
『魔女の隠れ里』はやみねかおる

書評

魔女の隠れ里

雑誌記者の取材に同行し、《幽霊のシュプール》と《殺人ゲーム》の謎に迫る——夢水清志郎シリーズ第4作。

魔女の隠れ里 表紙画像
はやみねかおる 講談社(講談社青い鳥文庫)1996年
目次

《幽霊のシュプール》に《殺人ゲーム》。雑誌記者の取材に同行した名探偵を待っていたのは、そんな二つの謎でした。

『魔女の隠れ里』は、はやみねかおるの「名探偵夢水清志郎事件ノート」シリーズ第4作。たよりないことにかけては相変わらずの夢水清志郎と、彼を支える(というより引きずっていく)岩崎三姉妹が、取材先で不思議な謎と向き合います。

シリーズが定着期に入った時期の、落ち着いた足取りの長編です。

物語の入り口

「名探偵夢水清志郎事件ノート」は、はやみねかおるが子ども向けの文庫で読める本格ミステリとして書き継いできたシリーズです。今回の夢水清志郎は、雑誌『セ・シーマ』の伊藤記者の取材に同行します。

表札にも名刺にも「名探偵」と書いてあるのに、自分がごはんを食べたかどうかも覚えていない人が、記者の取材について行く。どう考えても、取材の役に立つ姿が想像できません。

それでも、三姉妹がいるからへいき、なのかどうか。頼りない大人と、しっかり者の子どもたち。

この組み合わせが、今回も物語を前に進めます。亜衣・真衣・美衣の三人が、今回もこの探偵の面倒を見ることになります。

取材先で持ち上がるのが、《幽霊のシュプール》と《殺人ゲーム》という二つの謎です。シュプールといえば、雪の上に残るスキーの跡。

それに幽霊の名がつくのですから、誰も滑っていないはずの場所に跡があるのか、それとも滑った者の姿が見えないのか。題名を眺めているだけで想像がふくらみます。

もう一方の《殺人ゲーム》は、ゲームと名のつく以上は遊びのはずですが、殺人という言葉が並ぶと、どうにも穏やかではいられません。二つの呼び名を並べただけで、この巻の空気が伝わってくるはずです。

怪談のような手触りと、遊びのような軽さ。その両方が一度に差し出されて、どちらから手をつければいいのか、読者も探偵と一緒に迷うことになります。

読者が立たされるのは、記者と三姉妹の間の、少し引いた場所です。取材について来ただけの探偵が、この謎に関わる資格があるのかどうか。

周りの大人たちがどう見ているのかを想像しながら、それでも夢水がいつもの調子で口を開くのを待つ。第1作から続けて読んできた人なら、この「待つ」時間の可笑しさを、もう知っているはずです。

たよりない探偵と、しっかり者の三姉妹。その組み合わせが、いつもと違う土地で、いつもどおりに機能するのかを確かめる楽しみがあります。

読みどころ

《幽霊のシュプール》という呼び名に、この巻の魅力が詰まっています。 幽霊という言葉で怖がらせ、シュプールという言葉で具体的な手触りを与える。

怪談めいた響きと、雪の上の物理的な痕跡。その二つが一語のなかで隣り合っているから、読者は怖がりながら考え始めてしまう。

子ども向けの文庫で、ここまで読者の頭を働かせる題材の置き方は、シリーズの成熟を感じさせます。

もうひとつは、取材同行という設定の効き方です。探偵が自分から事件を探しに行くのではなく、記者の仕事について行った先で謎に出会う。

この受け身の構えが、夢水の「たよりなさ」と自然に噛み合っています。頼まれてもいないのに口を出す探偵ではなく、周りに引っ張り回されて、それでも最後には探偵らしいところを見せてしまう。

シリーズを通して育ってきたこの人物像が、本書ではとりわけ気持ちよく動きます。三姉妹が「へいき」と言い切れるのは、この探偵の頼りなさをよく知っているからこそ。

その信頼の形が、読んでいて温かい。

こんな人におすすめ

前3作でシリーズの空気が気に入った人、雪や旅先の空気をまとった謎が好きな人に向いています。ルビの多い児童向け文庫ですが、謎の据え方は大人の読者にも十分に手応えがあります。

逆に、重い犯罪小説や緻密な警察捜査を求める気分のときには、この軽やかな語り口は少し物足りないかもしれません。一冊で完結した長編なので、続きものを敬遠する人にも勧めやすい巻です。

作品の背景

本書は1996年、講談社青い鳥文庫から刊行されました。1994年に第1作と第2作、1995年に第3作と、短い間隔で巻を重ねてきたシリーズが、ここで一度呼吸を整えたような一冊です。

探偵と三姉妹の顔ぶれは読者にすっかり馴染み、その分、物語は事件そのものにじっくり時間を使えるようになっています。

手に取るなら

現行版は講談社青い鳥文庫。Kindle版もあります。

シリーズ第4作なので、『そして五人がいなくなる』から順に読んできた人には、探偵と三姉妹の関係が一段と深まったところで手に取れる巻です。この巻から入っても人物像はすぐにつかめますが、たよりない探偵を三姉妹がどう扱うかを知ってから読むと、可笑しさは確実に増します。

はやみねかおるについて

はやみねかおるは1964年、三重県伊勢市の生まれです。三重大学教育学部で数学を学び、1987年から小学校の教壇に立ちました。

クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、自分で書きはじめたのが作家としての出発点です。1989年、『怪盗道化師』が第30回講談社児童文学新人賞の佳作に選ばれ、翌1990年の刊行でデビューしました。

2000年に教職を離れてからは執筆に専念しています。

〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉のほか、〈怪盗クイーン〉〈都会のトム&ソーヤ〉〈少年名探偵虹北恭助の冒険〉と、子ども向けの謎解きを三十年以上書き継いできました。別々のシリーズの人物や世界がつながり合う遊び心も持ち味です。

子どもたちが選ぶうつのみやこども賞を4度受け、2023年には第61回野間児童文芸賞特別賞を贈られています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社青い鳥文庫
刊行年
1996
ISBN-13
9784061484467
系譜
現代国内 / 名探偵もの · シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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