亡霊が夢を喰いにくる。
卒業~開かずの教室を開けるとき~
開かずの教室から現れた夢喰いと、迫る卒業。15年続いた本編を締めくくる長編。
長く続いたシリーズが、いよいよ終わりの場所へ帰ってきます。『卒業~開かずの教室を開けるとき~』は、はやみねかおるの〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉本編を締めくくる第14作。
最後の謎解きの舞台に選ばれたのは、これまで何度も事件の起点になってきた、あの虹北学園でした。岩崎三姉妹とレーチたちに卒業の時がせまるなか、開かずの教室の封印がとかれ、四十数年前の亡霊が学園をさまよい歩きます。
528ページという、シリーズ最大の分量を持つ一冊です。
物語の入り口
亜衣・真衣・美衣の岩崎三姉妹と、レーチたち。彼らにもついに、卒業の時がせまっています。
学校を舞台にした物語にとって、卒業は容赦のない締切です。同じ顔ぶれで同じ場所にいられる時間が、日ごとに短くなっていく。
その気配が、事件の起こる前から全体に流れています。第1作から探偵の隣にいた三姉妹が、学園を去る日を迎えようとしている。
長く読んできた人ほど、この設定だけで胸がざわつくはずです。
きっかけをつくったのは、レーチでした。古い木造校舎にあった「開かずの教室」を、開けてしまったのです。
開かずの教室、という言葉には、どの学校にもありそうな怪談の響きがあります。封印はとかれ、そこから現れたのは「夢喰い」。
四十数年前の亡霊が、ふたたび虹北学園をさまよい歩くことになります。亜衣、真衣、美衣、レーチら、みんなの「夢」は喰われてしまうのか。
物語は、その問いから始まります。
読者は、卒業を控えた生徒たちの側に立たされます。進路を決めなければならない時期の子どもたちにとって、夢という語はいちばん柔らかく、いちばん触れられたくない部分です。
そこを狙ってくる名前を、封じられていた教室の奥から引き出してくる。題材の選び方が実に意地悪で、そして的確です。
物忘れの名人でものぐさな探偵は、もちろん今回も相変わらず。その変わらなさが、卒業という変化の季節のなかで、かえって頼もしく見えてきます。
読みどころ
前へ進もうとする時間と、閉じこめられたまま動かない時間。この二つがぶつかるところに本作は立っています。
開かずの教室、四十数年という時の隔たり、そして名前からして不穏な夢喰い。卒業を目前にした少年少女たちの前に、彼らが生まれるはるか以前の出来事が立ちふさがる構図です。
夢を喰うという言い回しが、卒業という言葉と並んだときに帯びる重さも見逃せません。怪談の道具立てを借りながら、扱っているのは、子どもが大人になる手前の時間そのものです。
しかもその舞台は、彼らがまもなく去っていく虹北学園です。離れる日の近づいた場所で、最後の謎が口を開けます。
巻末の作りにも、締めくくりらしい遊び心があります。本文が終わったあとに「読了認定証」と「シリーズ読破認定証」、それに探偵役へのクイズまで用意されている。
最後まで付き合った読者を送り出すための仕掛けで、この気配りの仕方には、書き手が誰に向けて書いてきたのかがよく表れています。卒業を扱う本の巻末に卒業証書めいた紙が挟まっているようなもので、物語の外側まで含めて一冊が設計されているわけです。
こんな人におすすめ
ここまでの巻を積み重ねてきた読者ほど効いてくる一冊です。シリーズを途中まで追っている人は、急いで飛ばさずに順を追って辿り着くほうが報われます。
長い連作の最後の巻がどう畳まれるのか、その手つきを見届けたい読者にも薦めたい巻です。逆に、この巻から初めて夢水に触れるのは、少しもったいない。
最終巻の重みは、それまでの付き合いがあってこそ伝わります。
作品の背景
本書は2009年3月、講談社青い鳥文庫から刊行されました。挿絵は村田四郎。
第1作『そして五人がいなくなる』が出たのが1994年ですから、およそ15年をかけてここまで来たことになります。本編は『卒業』で締めくくられましたが、夢水清志郎の物語そのものが終わったわけではありません。
のちに〈名探偵夢水清志郎の事件簿〉として、新しい形で続きが書き継がれていきます。
手に取るなら
現行版は講談社青い鳥文庫。すべての漢字にふりがながついていて、表記のうえでは小学上級・中学から読めるようになっています。
電子版は2014年から配信中。厚い本ですが、卒業までの時間を一緒に過ごすつもりで、ゆっくり読み進めるのに向いています。
読み終えた巻末には、15年の付き合いを労う認定証が待っています。
はやみねかおるについて
はやみねかおるは1964年、三重県伊勢市の生まれです。三重大学教育学部で数学を学び、1987年から小学校の教壇に立ちました。
クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、自分で書きはじめたのが作家としての出発点です。1989年、『怪盗道化師』が第30回講談社児童文学新人賞の佳作に選ばれ、翌1990年の刊行でデビューしました。
2000年に教職を離れてからは執筆に専念しています。
〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉のほか、〈怪盗クイーン〉〈都会のトム&ソーヤ〉〈少年名探偵虹北恭助の冒険〉と、子ども向けの謎解きを三十年以上書き継いできました。別々のシリーズの人物や世界がつながり合う遊び心も持ち味です。
子どもたちが選ぶうつのみやこども賞を4度受け、2023年には第61回野間児童文芸賞特別賞を贈られています。
書誌情報
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