現代国内 2004
必ず成績が上がる塾から、
生徒130人を消すという。
『笛吹き男とサクセス塾の秘密』はやみねかおる

書評

笛吹き男とサクセス塾の秘密

笛吹き男の都市伝説と、成績が上がる塾。生徒130人の消失を予告される第12作。

笛吹き男とサクセス塾の秘密 表紙画像
はやみねかおる 講談社(講談社青い鳥文庫)2004年
目次

夕暮れの街に、ひとつのうわさが流れています。笛吹き男が、子どもたちを夢の国へ連れていってくれる。

都市伝説と呼ぶには、いささか物騒な話です。『笛吹き男とサクセス塾の秘密』は、はやみねかおるの〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉第12作にして、シリーズ10周年を飾る一冊。

うわさの中心にあった学習塾の合宿に名探偵が潜入すると、笛吹き男は生徒130人を消してみせると予告してきます。塾と受験という身近な題材の上に、集団消失という大がかりな見立てを据えた一作です。

物語の入り口

うわさの中心にあったのは、サクセス塾でした。通えばかならず成績が上がる。

そう評判の塾です。成績という、子どもにとってこれ以上ないほど切実な数字と、夢の国へ連れ去られるという甘い響き。

二つが結びついたとたん、うわさは急に現実味を帯びはじめます。塾に通う子どもたちにとって、それは遠い伝説ではなく、自分の教室のすぐ隣にある話になるのです。

成績が上がるなら何でもする、という空気と、どこかへ連れていってほしい、という願い。うわさは、その両方の隙間に入り込んできます。

そこで名探偵夢水清志郎は、岩崎三姉妹らとともに、サクセス塾の合宿へ潜入することになりました。物忘れの名人でものぐさでマイペース、けれど事件が起きたときだけ推理がさえわたるという探偵が、管理と評価に満ちた場所へ放りこまれる。

ふだんでも異物めいたこの人が、日程表と模擬試験の世界ではいっそう浮いて見えます。そして笛吹き男は、堂々と予告してみせます。

生徒130人を消してみせる、と。

130人。この数字が、本作の企ての大きさをそのまま表しています。

ひとりが消えるのではなく、ひとつの集団がまるごと消える。しかも合宿という、参加者の顔ぶれと居場所がはっきり管理された場でそれをやると宣言する。

読者は合宿の生徒たちと同じ場所に座らされます。日程表を眺め、予告の期日を数え、笛の音がどこから聞こえてくるのかと耳を澄ませる。

予告した側と、それを止める側。怪人と名探偵の対決の構図が、序盤で早くも立ち上がります。

夢水は、この予告を止められるのか。物語はその一点に向かって動きはじめます。

読みどころ

消すと予告されるのは一人ではなく130人。不可能の度合いを、人数そのもので押し上げてきます。

笛吹き男の伝説を下敷きにした見立てを、塾という現代の日本らしい舞台へ持ちこんだ発想も効いています。伝説のなかの出来事として片づけられそうな話が、模擬試験や合宿の日程表と同じ平面に並べられるわけです。

伝説を借りながら、事件の舞台は、子どもたちにとって見慣れた受験勉強の場に置かれています。

合宿という設定の使い方もうまいところです。参加者は決まっていて、期間も場所も限られ、日程表のとおりに一日が進んでいく。

外からの出入りが自然と細くなるその条件は、謎解きの舞台としてそのまま使える枠組みです。予告された期日に向かって、時間だけが減っていく。

岩崎三姉妹が同じ場に居合わせていることも、状況の息苦しさを和らげながら、緊張を保つ役に立っています。うわさの発生から潜入、予告、そして当日へと段階を踏んで進む構成なので、ページ数のわりに足取りは軽やかです。

こんな人におすすめ

大がかりな消失の趣向が好きな読者、あるいは身近な場所にある違和感がゆっくり膨らんでいく話を好む読者に向いた一冊です。受験や塾に縁のある子どもには、自分の日常の隣で起きる話として、ひときわ近く感じられるでしょう。

逆に、静かな心理描写や小さな日常の謎を求める気分のときには、この大仕掛けは少し騒がしいかもしれません。368ページと厚めですが、段階を踏んで進む構成なので、読書に慣れていない子どもでも途中で置かずに済むはずです。

作品の背景

本書は2004年12月16日、講談社青い鳥文庫から刊行されました。368ページ、挿絵は村田四郎。

『そして五人がいなくなる』の1994年から数えて、シリーズはここで10周年を迎えました。この厚みも、節目にふさわしいものがあります。

10年分の読者への贈り物のような、大きな企てです。

はやみねかおるは、小学校の教師だった人です。成績が上がるという文句がどれほどの重さで子どもにのしかかるかを、机の並んだ部屋の前から眺めてきた書き手が、学習塾を事件の舞台に選んでいる。

そう考えると、題材選びの手つきに妙な納得があります。塾という舞台は、子どもの日常のすぐ隣に謎を置き続けてきたこの書き手の仕事の延長線上にあります。

手に取るなら

現行版は講談社青い鳥文庫。2014年からは電子版も配信されているので、シリーズを順に追いかけている途中でも、この巻だけ先に開いてみるのは難しくありません。

10周年の節目の巻ですが、うわさが流れるところから始まる話なので、初めての一冊にしても迷わずに済みます。

はやみねかおるについて

はやみねかおるは1964年、三重県伊勢市の生まれです。三重大学教育学部で数学を学び、1987年から小学校の教壇に立ちました。

クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、自分で書きはじめたのが作家としての出発点です。1989年、『怪盗道化師』が第30回講談社児童文学新人賞の佳作に選ばれ、翌1990年の刊行でデビューしました。

2000年に教職を離れてからは執筆に専念しています。

〈名探偵夢水清志郎事件ノート〉のほか、〈怪盗クイーン〉〈都会のトム&ソーヤ〉〈少年名探偵虹北恭助の冒険〉と、子ども向けの謎解きを三十年以上書き継いできました。別々のシリーズの人物や世界がつながり合う遊び心も持ち味です。

子どもたちが選ぶうつのみやこども賞を4度受け、2023年には第61回野間児童文芸賞特別賞を贈られています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社青い鳥文庫
刊行年
2004
ISBN-13
9784061486713
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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