切り開くと長編が現れる。
生者と死者
袋とじのまま読み、切り開いてから読む。読む手順まで指定された異色作。
この本は、絶対に立ち読みできません。『生者と死者』は、袋とじの形で書店に並ぶ文庫です。
はじめに、袋とじのまま、短編小説「消える短編小説」を読む。そのあと各ページを切り開くと、驚くべきことが起こる。
そして、謎の超能力者と怪しい奇術師、次々にトリックを見破るヨギ ガンジーが入り乱れる長編ミステリー「生者と死者」が、姿を現す。読む順番を守ることが、そのまま楽しみ方になる本です。
紋章上絵師でありマジシャンでもあった泡坂妻夫が、物語だけでなく、本という器まで創作の領域にした一冊。刊行年の「週刊文春ミステリーベスト10」で、国内第5位に入りました。
物語の入り口
この本の入り口は、ふつうの本とは違います。本そのものが、読み方の手順を指定しているからです。
まず、袋とじのまま、短編小説「消える短編小説」を読む。袋とじを開けてはいけません。
そのまま読む。それが、最初の手順です。
短編を読み終えたあと、本は一度、閉じられます。
そのあとで、各ページを切り開く。すると、驚くべきことが起こります。
そして、切り開いたあとに姿を現すのが、長編ミステリー「生者と死者」です。謎の超能力者と、怪しい奇術師。
そして、次々にトリックを見破るヨギ ガンジー。この三者が入り乱れる長編が、袋とじの向こうに待っています。
短編を読み、切り開き、長編を読む。一冊で、二度の読書が用意されています。
ヨギ ガンジーは、重々しく裁く名探偵ではありません。酩探偵、という軽みをまとった探偵役です。
超能力者と奇術師のあいだで、トリックを見破っていく。「名探偵」の「名」を「酩」に置き換えた呼び名からして、肩の力が抜けています。
読者は、この本を、手を動かしながら読むことになります。袋とじのまま読み、それから切り開く。
書店で中身を確かめられないことも、その手順の始まりです。読み方の手順そのものが、物語の一部です。
予備知識を増やさず、本に記された案内を、最初から守って読んでください。案内を守ることが、この本をいちばん楽しむ方法です。
仕掛け本ならではの体験は、その手順のなかにあります。
読みどころ
泡坂妻夫はここで、物語の中身だけでなく、紙を綴じた本という器そのものまで創作の領域に引き入れています。 袋とじのまま読み、切り開いてから読む。
この手順が、ただの趣向ではなく、作品の骨格になっている。紋章上絵師として手を使う仕事を続け、マジシャンとして人の注意を扱ってきた作家の資質が、もっとも直接に形になった一冊です。
読み方に注意して楽しむこと。その条件そのものが、作品の一部として差し出されています。
もうひとつは、ヨギ ガンジーという探偵役の軽みです。酩探偵。
重々しさとは無縁の、飄々とした人物が、超能力者と奇術師のあいだでトリックを見破っていく。仕掛け本という大掛かりな器のなかで、この探偵役の軽さが、読み心地を支えています。
仕掛けの重さと探偵の軽さの均衡が、絶妙です。『ヨギ ガンジーの妖術』『しあわせの書』と付き合ってきた読み手には、なじみの探偵との再会でもあります。
こんな人におすすめ
本という形そのものを楽しみたい読者、ページを切り開く手の感触まで含めて読書を味わいたい読者に向いています。泡坂妻夫の奇術師としての顔を知りたい人にも、まず薦めたい一冊です。
ヨギ ガンジーシリーズの第3作ですが、本作から読んでも問題ありません。逆に、電子書籍で済ませたい人には向きません。
紙の本として完成された体験ですから、必ず紙で、袋とじのまま手に取ってください。切り開く前の状態で入手することが、この本を読む条件です。
作品の背景
『生者と死者』の刊行は1994年。同じ年の「週刊文春ミステリーベスト10」で国内第5位に入りました。
ヨギ ガンジーシリーズ3作の第3作にあたりますが、本作から読んでも楽しめます。ほかに『ヨギ ガンジーの妖術』『しあわせの書』があります。
職人、奇術家、小説家。三つの顔を持つ作家の資質が、もっとも直接に形になったのが本作です。
手を動かす仕事と、人の目を扱う仕事が、この本の作りに流れ込んでいます。
手に取るなら
現行版は新潮文庫、袋とじ仕様。必ず紙の本を。
そして、本の案内どおりに読んでください。袋とじのまま「消える短編小説」を読み、それから各ページを切り開く。
順番を間違えると、この本の仕掛けは台無しになります。袋とじの仕掛け本は、何も知らずに開くのがいちばんです。
泡坂妻夫について
泡坂妻夫は1933年、東京・神田の生まれで、本名は厚川昌男です。筆名は本名のアナグラムになっています。
生家は着物に家紋を描き入れる紋章上絵師で、作家になってからも家業を続けました。奇術師としての顔も持ち、1969年には創作奇術をまとめた作品集で第2回石田天海賞を受けています。
1976年、短編「DL2号機事件」が第1回幻影城新人賞の佳作に入ってデビューしました。1978年に『乱れからくり』で第31回日本推理作家協会賞、1982年に『喜劇悲奇劇』で第9回角川小説賞を受けます。
のちには職人の世界を描く人情ものにも筆を広げ、1988年に『折鶴』で第16回泉鏡花文学賞、1990年に『蔭桔梗』で第103回直木賞を受けました。探偵役には亜愛一郎、曾我佳城、ヨギ ガンジーらがいます。
2009年に75歳で亡くなっています。
書誌情報
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