黄金期国内 1949
落武者を殺した村。
子孫は三十二人を殺した。
『八つ墓村』横溝正史

書評

八つ墓村

戦国落武者の祟り伝説と現代の連続殺人。津山事件を下敷きにした横溝の歴史×本格の大作。

八つ墓村 表紙画像
横溝正史 KADOKAWA(角川文庫)1949年
目次

八つの墓、という村の名は、戦国の頃にこの地で殺された八人の落武者に由来します。黄金を携えて落ちのびてきた彼らを、村人たちが欲に駆られて手にかけ、その後に不吉な出来事が続いた、という言い伝えです。

大正の頃には、襲撃を率いた田治見庄左衛門の子孫・要蔵が正気を失って三十二人の村人を殺し、姿を消しました。それから二十数年、村はまた、正体の知れない殺人に続けざまに見舞われます。

『八つ墓村』は、岡山県北部で1938年に起きた津山事件を下敷きに、戦国の因縁と現代の犯罪を重ねた、横溝正史の金田一耕助シリーズの長編です。

物語の入り口

村には、伝承があります。戦国の頃、三千両の黄金を携えた八人の武者が落ちのびてきた。

村人たちは黄金に目がくらみ、八人を皆殺しにした。それからというもの怪しい出来事が絶えず、村は「八つ墓村」と呼ばれるようになった。

落武者の祟り、という言葉が、この村には数百年にわたって染みついています。八つの墓が、村の名の由来です。

大正某年。落人襲撃の首謀者・田治見庄左衛門の子孫である要蔵が、ある日を境に正気を失います。

三十二人の村人を手にかけ、そのまま行方をくらます。村の記憶に、もうひとつの血が上書きされました。

それから二十数年。村はふたたび、得体の知れない連続殺人に見舞われます。

落武者の惨殺、要蔵の虐殺、そして現代の連続殺人。三度目の血が、八つ墓村に流れ始めます。

村の人々は、また祟りが始まった、と囁きます。

語り手は、探偵でも警察でもない、当事者の青年です。この村に、呼び戻される。

金田一耕助は、後から合流して謎を追います。読者は、語り手の視点から、村の不気味さと歴史的重圧を先に体験することになります。

祟りの伝承が生きている村に、よそから足を踏み入れる。その足元の心もとなさが、この長編の最初の圧力です。

名探偵は、まだ来ません。

読みどころ

戦国の落武者伝説、大正の虐殺、そして現代の連続殺人。三つの時代の血が、ひとつの村の名の下に積み重なっていきます。

歴史的な因縁と、現代の犯罪。その交差を、横溝正史はホラーの濃度で描きました。

村の名そのものが惨劇の記憶から付けられ、村人はいまもその記憶を囁き交わしています。怪奇は背景の飾りではなく、村の暮らしの一部として置かれているのです。

祟りの伝承が村を支配している、という空気は、最初のページから読者を包みます。伝説を口にする村人たちと、よそから来てそれを聞かされる者とのあいだの隔たりが、そのまま不安の源になっていきます。

もうひとつは、語り手の置き方です。探偵ではなく、当事者の青年が語る。

金田一耕助は後から来る。読者は、名探偵の目ではなく、捜査の手立ても村の見取り図も持たずに呼び戻された者の目で、この村を見ることになります。

その視点の置き方が、歴史の重圧を、読者自身の肩に載せてきます。村の来歴を人づてに聞かされるばかりの者の心細さは、怪奇の描写そのものより長く尾を引くはずです。

こんな人におすすめ

名探偵の推理より先に、土地に染みついた伝承の重さを味わいたい読者に向く作品です。落武者の祟りを村人が囁き交わす空気は、怪奇小説を好む人にも、閉じた村の因習に惹かれる人にも、それぞれの取っかかりを差し出してくれます。

捜査の手立てを持たない青年の目で村を歩くあいだ、金田一耕助の到着を待つ時間そのものが緊張になる。その待ち時間を楽しめる人ほど、この村の怖さを濃く受け取れるはずです。

反対に、三十二人の虐殺から続く血の歴史は、明るい読後感を求める日には重すぎるでしょう。

作品の背景

横溝正史は戦時中、岡山県へ疎開しました。岡山の風土を背景に置く一連の作品は、この疎開を経て生まれました。

本作も、そのひとつで、岡山の山村が舞台です。

本作は『新青年』に1949年3月から1950年3月まで連載され、『宝石』の1950年11月から1951年1月で完結しました。下敷きになったのは、1938年の津山事件。

岡山県北部で、一夜のうちに多数の村人が殺害された、戦前最大級の大量殺人です。映像化は多く、1977年には野村芳太郎監督、萩原健一主演で渥美清が金田一耕助を、1996年には市川崑監督で豊川悦司が金田一耕助を演じました。

角川文庫での文庫化は1971年で、カバーイラストは杉本一文。電子版もあります。

手に取るなら

現行版は角川文庫。金田一耕助シリーズの一冊ですが、本作単独で完結していますから、ここから入っても問題ありません。

八人の落武者の伝承から、二十数年ぶりの連続殺人へ。村に呼び戻された青年とともに、八つ墓村の土を踏んでみてください。

名探偵が来るまで、村の空気をひとりで浴びることになります。その時間が、この長編のいちばん怖いところです。

横溝正史について

横溝正史は1902年、兵庫県神戸市の生まれです。1921年、雑誌『新青年』の懸賞で一等に選ばれた「恐ろしき四月馬鹿」で世に出て、大阪薬学専門学校を卒業したのち、1926年に江戸川乱歩の招きで上京して博文館に入りました。

『新青年』などの編集長を務め、1932年に退社して作家専業となります。戦前は由利麟太郎を探偵役にした『真珠郎』などを書き、戦時中は岡山県に疎開しました。

戦後、金田一耕助が初めて登場する『本陣殺人事件』で1948年に第1回探偵作家クラブ賞の長編賞を受け、『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』と、金田一ものの長編を書き継いでいきます。1970年代には角川文庫での再刊と映画化が重なって、まったく新しい世代の読者を得ました。

1976年に勲三等瑞宝章を受け、1981年に没しています。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
刊行年
1949
ISBN-13
9784041304013
系譜
黄金期国内 / 名探偵もの · シリーズ探偵物

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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