戦後昭和国内 1976
駅の爆発で入院した。
退院旅行は密室殺人。
『盗作・高校殺人事件』辻真先

書評

盗作・高校殺人事件

入院先での出会いから温泉宿の事件へ進む、薩次とキリコの旅と謎を楽しむ一冊です。

盗作・高校殺人事件 表紙画像
辻真先 東京創元社(創元推理文庫)1976年
目次

密室殺人を扱う本格ミステリには、重く張りつめた空気がつきものです。辻真先『盗作・高校殺人事件』の足どりは、その見取り図から少し外れたところにあります。

物語は新宿駅の爆発事件から始まり、病院の同じ部屋で意気投合した若者たちが、退院後に連れ立って温泉へ出かけていく。事件の重さより先に、旅の弾みが紙面を満たしていきます。

可能キリコと牧薩次の二人を軸にしたシリーズの、第2作にあたる一冊です。

物語の入り口

牧薩次が最初に巻き込まれるのは、殺人ではなく新宿駅の爆発事件です。人の行き交う駅で爆発に遭遇し、薩次は病院へ担ぎ込まれます。

同じ病室には、やはり事件の被害を受けた若者が二人いました。ベッドを並べて過ごすうちに、三人はすっかり意気投合します。

災難の現場から始まった出会いが、いつのまにか気の置けない友情へ変わっていく。辻真先はこの滑り出しを、深刻ぶらずに運んでいきます。

事件の被害者として出会った三人が、事件のことより互いの話に夢中になっていく——その呼吸が、この作品の最初の頁を明るくしています。

退院すると、話は旅へ転がります。二人のうちの一人、三原恭助の実家が鬼鍬温泉にあり、そこへみんなで出かけることになるのです。

一行には可能キリコも加わります。病室で知り合った仲間の故郷を訪ねる、肩ひじを張らない、気ままな小旅行です。

見舞いの延長のような軽い約束が、そのまま旅程になっていきます。ところが、たどり着いた温泉宿には、どこかいわくありげな気配が漂っています。

湯の宿ののどかさと、その奥にある得体の知れなさ。二つが同じ建物の中に同居しているところから、物語の色合いが少しずつ変わり始めます。

そして、その宿で密室殺人が起こり、薩次とキリコは事件の渦中へ引き込まれます。駅の爆発、病室での出会い、温泉への旅、宿の密室。

誰が、どのように、なぜ。その問いが一度に立ち上がる地点で、物語は本題に入ります。

旅の一行の最後尾について宿の玄関をくぐり、若い二人と同じ距離から事件を眺める位置に、読者は据えられることになります。

読みどころ

読みどころは、災難から始まった出会いが、屈託のない旅に変わっていく——その明るさにあります。

爆発事件で病院に運ばれるという、本来なら暗く沈みかねない発端を、この作品は若者同士の意気投合へとつなげてみせます。見知らぬ者同士が病室で打ち解け、退院したら一緒に温泉へ行こうと決める。

その身軽さが、宿で起きる密室殺人の前に、登場人物たちの顔をくっきりと立ち上げています。キリコと薩次の二人も、旅の仲間の一員として紙面に溶け込んでいます。

事件が起きる前に、宿へ向かう一行の賑やかさをたっぷり味わえることが、この作品の読み心地を決めています。

もうひとつは、シリーズものとしての楽しさです。第1作で登場した二人が、今度は温泉宿という新しい舞台で事件に向き合う。

見慣れた顔ぶれが、見知らぬ土地で地図を広げ直す面白さが、続編ならではの味わいになっています。

陰惨な事件の手ざわりを求めて開くと、拍子抜けするほど軽く映るかもしれません。けれども、その軽やかな旅の上に、温泉宿の密室という本格の骨組みが、手を抜かずに据えられています。

こんな人におすすめ

若い主人公たちの掛け合いを追いかけるのが好きな人、温泉宿の密室という古典的な舞台に心が動く人に向いています。はやみねかおるの名前に惹かれて新装版を手に取る人にも、とっつきやすい一作です。

1970年代に書かれた作品ですが、旅と友情を軸にした運びは、いま読んでも古びた感じを与えません。反対に、重厚で陰鬱な雰囲気の本格を求める人には、物足りなさが残るでしょう。

作品の背景

『盗作・高校殺人事件』は1976年に刊行された、辻真先のデビュー作『仮題・中学殺人事件』に続く可能キリコと牧薩次のシリーズ第2作です。デビュー作から4年後の続編ということになります。

手に取るなら

現在手に取るなら、2023年7月に出た創元推理文庫の新装版です。解説ははやみねかおるが書いています。

1976年の初刊から半世紀近くを経て、新しい読者に向けて装いを改めた版です。シリーズを順にたどりたい場合は、第1作『仮題・中学殺人事件』が先になります。

新宿駅の爆発から始まった旅が、湯の宿の密室へたどり着くまでを見届ける一冊です。

辻真先について

辻真先は1932年、愛知県の生まれです。名古屋大学を卒業して1954年にNHKへ入り、制作進行や演出の現場を経験したのち、『鉄腕アトム』『サザエさん』『デビルマン』『Dr.スランプ アラレちゃん』など、アニメや特撮の脚本家として幅広く活躍しました。

ミステリ作家としては1972年の『仮題・中学殺人事件』でデビューし、1982年に『アリスの国の殺人』で第35回日本推理作家協会賞を、2009年には名前のアナグラムである牧薩次の名義で出した『完全恋愛』で第9回本格ミステリ大賞を受けています。叙述の仕掛けを凝らした実験作から、トラベルミステリやユーモアミステリまで作風は幅広く、2019年には第23回日本ミステリー文学大賞に選ばれました。

2020年、88歳で刊行した『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』は、年末の主要ミステリランキング3誌でそろって国内1位になっています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
1976
ISBN-13
9784488405205
系譜
戦後昭和国内 / シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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