沈めば犯人も探偵も死ぬ。
蒼海館の殺人
水没していく実家で、名探偵が身内として渦中に立たされる〈館四重奏〉第2作
館が沈めば、探偵も、犯人も、全員死ぬ。阿津川辰海『蒼海館の殺人』は、この条件の上に組まれた長編です。
学校に来なくなった「名探偵」の葛城に会うため、「僕」はY村の青海館を訪れました。政治家の父と学者の母、弁護士にモデル。
名士ばかりの葛城の家族に明るく歓待され、夜を迎えます。しかし、激しい雨が降り続くなか、連続殺人の幕が上がりました。
刻々とせまる洪水、増える死体、過去に囚われたままの名探偵。それでも、夜は明ける。
〈館四重奏〉の第2作で、前作『紅蓮館の殺人』の山火事に代わって、今度は大雨による洪水が館を閉ざします。2021年に講談社タイガから刊行され、本格ミステリ・ベスト10の2022年版で国内2位に入りました。
刊行時、著者は26歳でした。
物語の入り口
〈館四重奏〉は、館を閉ざす自然の猛威が一作ごとに変わる連作です。2019年の『紅蓮館の殺人』は山火事、この作品は大雨による洪水、2024年の『黄土館の殺人』は地震による土砂崩れ。
「名探偵」の葛城が、学校に来なくなりました。「僕」は葛城に会うため、Y村の青海館を訪れます。
そこは、葛城の家です。政治家の父と学者の母、弁護士にモデル。
名士ばかりの家族が、「僕」を明るく歓待します。そうして夜を迎えました。
激しい雨が、降り続いています。そのなかで、連続殺人の幕が上がりました。
洪水が刻々とせまり、死体は増えていく。逃げ道は、水に閉ざされていきます。
名探偵は、過去に囚われたままです。館が沈めば、探偵も、犯人も、全員死ぬ。
そういう条件が、最初に置かれています。家族は、探偵の家族です。
名探偵は、家族の一人として、この夜のなかにいます。
読者は、葛城に会いに来た「僕」の目で、この夜を過ごすことになります。名士ばかりの家族に明るく迎えられた、その同じ夜に、激しい雨のなかで連続殺人が始まる。
歓待の明るさと、降り続く雨の暗さ——その落差のただなかに、客として招き入れられた「僕」は立たされています。館の外は水に閉ざされ、館の中では死体が増えていく。
外へ逃げる道も、内にとどまる安全も、どちらも確かではありません。
読みどころ
この長編で前作と決定的に違うのは、事件の舞台が探偵自身の家であり、探偵が身内として渦中に立つことです。 前作の館は、逃げ込んだ先の他人の家でした。
ここは、葛城の実家です。容疑者は家族、被害者も家族。
探偵が探偵として振る舞えば、身内を疑うことになる。振る舞わなければ、館が沈む。
名探偵が、名探偵でいることを最も難しくする場所に置かれています。しかも彼は、学校に来なくなり、過去に囚われたままの状態で、この夜を迎えています。
探偵が探偵をやめかけている家に、探偵の助手が訪ねてくる。物語は、そこから動きます。
もうひとつは、閉ざされた場所の謎解きと、若い探偵と助手が変わっていく青春小説の読み味が、同じ太さで走っていることです。前作から続くこの二本の線が、ここではさらに太くなっています。
洪水が迫るなかで、「僕」は葛城に何を言うのか。葛城は、それにどう応えるのか。
謎解きの進み方と、二人の関係の動き方が、重なって進みます。前作を読んだ人ほど、この夜のやりとりが重く響きます。
640ページは、長い。けれども、連続殺人と洪水と探偵の再起を、一夜のうちに全部書くには、この分量が要ります。
読み終えるころには、長さを感じなくなっています。閉ざされた館の謎解きだけを求めて開くと、二人のやりとりに割かれた頁を回り道に感じるかもしれません。
けれども、謎解きの線と青春小説の線が同じ太さで走るからこそ、この夜はここまでの厚みを持つのです。
作品の背景
『蒼海館の殺人』は2021年2月16日に刊行された、〈館四重奏〉の第2作です。前作『紅蓮館の殺人』からのおよそ1年半のあいだには、短編集『透明人間は密室に潜む』も出ています。
年末のランキングでは、本格ミステリ・ベスト10の2022年版で国内2位、「ミステリが読みたい!」の2022年版で国内4位、「このミステリーがすごい!」の2022年版で国内5位、週刊文春ミステリーベスト10の2021年で国内8位に入りました。第22回本格ミステリ大賞でも、小説部門の候補に挙がっています。
手に取るなら
講談社タイガで640ページ、電子版もあります。事件だけを追うなら単独でも読めますが、『紅蓮館の殺人』から順に読むほうが深く刺さります。
前作を読んでいると、学校に来なくなった探偵という一行の重さが違うからです。館ものが好きな人、探偵が身内として事件に立つ物語を読みたい人に。
雨が止むころ、館にいる者たちは生きているのか。その問いを抱えたまま、青海館の夜に入ることになります。
阿津川辰海について
阿津川辰海は1994年、東京都に生まれました。東京大学法学部に在学中は文芸サークル「新月お茶の会」に所属し、光文社の新人発掘企画〈カッパ・ツー〉の第一期に選ばれて、2017年に『名探偵は嘘をつかない』でデビューしています。
『紅蓮館の殺人』に始まる〈館四重奏〉や、短編集『透明人間は密室に潜む』『入れ子細工の夜』など、特殊な設定や極限の状況を持ち込み、その上で論理を組み立てる本格ミステリを書き継いできました。『透明人間は密室に潜む』は『本格ミステリ・ベスト10』2021年版で国内1位となり、2023年には『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で第23回本格ミステリ大賞の評論・研究部門を受けています。
書誌情報
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