無実を信じるのは幼い兄妹。
灯らない窓
母の無実を信じる幼い兄妹が、平穏な家庭を襲った事件の謎に推理で挑む。
秋祭りの太鼓の音が聞こえてくる、平和な家庭の夕暮れ。子どもたちは祭りに心をときめかせています。
その夜、ママはパパに睡眠薬入りのビールを飲ませ、夜中の12時にこっそり出かけて行きました。そしてママは、通り魔殺人の容疑で逮捕されます。
仁木悦子『灯らない窓』は、この発端から始まる長篇推理小説です。妻を人殺しにされた夫の苦悶と、母の無実を信じる幼い兄妹の明晰な推理が、謎また謎をあばいていきます。
1974年に刊行され、翌年の第28回日本推理作家協会賞で長編部門の候補になりました。
物語の入り口
舞台は、どこにでもある家庭です。秋祭りの太鼓が鳴り、その音色に家族が心をときめかせている。
夕食の食卓、祭りの前の高揚、いつもと変わらない家の灯り。そこにいる父と母は、子どもにとって疑う対象ではありません。
祭りが毎年めぐってくるように、明日も今日の続きが来る——事件が入り込むのは、そういう家です。
その平和な家庭を、不意に事件が襲います。ママが、パパに睡眠薬入りのビールを飲ませた。
夜中の12時に、こっそり出かけて行った。そのママが、通り魔殺人の容疑で逮捕された。
発端は、この三つの事実です。ひとつひとつは家の中の小さな出来事でも、三つ並べば、家族の知っている母の姿とは噛み合いません。
なぜ睡眠薬を飲ませたのか。なぜ深夜に、こっそり家を出たのか——祭りを待っていた家の空気は、この二つの問いを抱えたまま一変します。
残された家族は二つに分かれます。妻を人殺しにされた夫は、苦悶します。
一方で幼い兄妹は、母の無実を信じて、自分たちの頭で明晰に考え始めます。同じ逮捕の知らせを、父は重荷として抱え込み、兄妹は解くべき問いとして受け取る。
大人が苦しみに沈んでいるあいだに、子どもが筋道を立てて疑問をほどいていく。この配置が、物語の推進力になっています。
家族への信頼と謎解きが、同じ歩幅で進んでいく作品です。兄妹は探偵ではなく、事件の当事者でもあります。
考える相手が自分たちの母親である以上、推理はそのまま家族の問題になります。その二重の緊張が、入り口から最後まで続きます。
読みどころ
本作の核は、母の無実を信じる気持ちと、筋道を立てて考える推理とが、幼い兄妹の中で一つになっているところにあります。 信じたいから考える。
その順序があるからこそ、推理小説の謎解きが、そのまま家族の物語になっています。仁木悦子らしい明るく読みやすい筆致はそのままに、ここでは父の苦悶と兄妹の切実さが前に出ていて、明るさの中に痛みがあります。
もうひとつは、日常の描き方です。秋祭りの太鼓、夕食のビール、夜中の12時。
事件の前後にある暮らしの細部が、ごく普通の家庭のものとして丁寧に書かれています。だからこそ、その中に置かれた「睡眠薬」と「通り魔殺人」という語が浮き上がります。
ビールは普段の食卓にあってもおかしくない飲み物です。そこに睡眠薬が入っていたというだけで、見慣れた家の中が別の顔を見せ始めます。
平穏な家庭を襲った疑惑、という枠組みの怖さは、家庭が平穏に描かれているほど増します。幼い兄妹の考え方も、大人の理屈を小さくしたものではなく、子どもなりの理屈として筋が通っています。
1974年の作品なので、家庭の風景には時代の色があります。祭りの太鼓や瓶ビールの食卓は、いまの読者には少し遠い暮らしです。
ただ、母を信じる子どもの気持ちに時代はありません。謎また謎をあばいていく推理の連鎖と、家族の物語とを、どちらも同じ重さで読める人に向いています。
作品の背景
『灯らない窓』は1974年8月に講談社から刊行されました。翌1975年の第28回日本推理作家協会賞で長編部門の候補に挙がっています。
仁木悦子はこの前に『冷えきった街』で第25回(1972年)、この後に『青じろい季節』で第29回(1976年)の同じ賞の候補になっています。1970年代に三度、長編で候補作の欄に名を連ねたうちの、二度目にあたる作品です。
手に取るなら
現在手に取るなら、講談社文庫版です。電子版もあります。
物語の発端は家族の一夜にあり、必要な事情は冒頭の家庭の場面で揃います。江戸川乱歩賞を受けた『猫は知っていた』から17年後の長編で、読みやすい筆致の中に、父の苦悶という翳りが差し込んでいます。
母の無実を信じる幼い兄妹と一緒に、通り魔殺人の容疑の向こうにある謎を考える。秋祭りの太鼓の音から始まる、静かで切実な推理小説です。
仁木悦子について
仁木悦子は1928年に東京府で生まれ、1986年に58歳で亡くなりました。4歳で胸椎カリエスを発病して両足が麻痺し、学校へは通わずに独学で育ちます。
戦後に童話を書き始め、旧姓の大井三重子の名でも子ども向けの作品を残しました。
姉の影響で海外の推理小説を読むようになり、書き上げた長編『猫は知っていた』は、応募先の公募企画が中止になったあと江戸川乱歩の勧めで第3回江戸川乱歩賞に回され、1957年に受賞します。同作はベストセラーとなり、明るく読みやすい作風から「日本のクリスティー」とも呼ばれました。
探偵役には、学生の仁木雄太郎・悦子の兄妹と、ハードボイルド寄りの私立探偵・三影潤の二系統があります。1961年には女性推理作家の会「霧の会」を結成し、1981年には短編「赤い猫」で第34回日本推理作家協会賞を受けました。
書誌情報
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