戦後昭和国内 1975
頼んでいない原稿が届いた。
送り主は死体で見つかる。
『青じろい季節』仁木悦子

書評

青じろい季節

頼みもしない翻訳原稿が届いた日、送り主の青年は失踪していた。素人の青年経営者が、折り重なる謎を追う。

N° 490
青じろい季節
仁木悦子
仁木悦子 角川書店1975年
目次

「謙吾が死体で発見されました……」。電話の向こうで、喘ぐような息遣いが聞こえる。

矢竹謙吾の母親でした。ようやく口を開いた母親のひと言に、砂村朝人は送受器を握ったまま立ち尽くします。

仁木悦子『青じろい季節』では、この電話を境に、青年の失踪が死の謎へと変わります。小さな翻訳事務所の青年経営者・砂村朝人は、下請けの若い翻訳家・謙吾から、頼みもしない翻訳原稿の入った速達を受け取ります。

その日の午後、謙吾の母親が、息子が失踪したと相談に訪れる。1975年に刊行され、翌年の第29回日本推理作家協会賞で長編部門の候補になりました。

物語の入り口

謎に挑むのは警察でも職業探偵でもなく、素人の砂村朝人です。朝人は、小さな翻訳事務所を経営する青年です。

ある日、下請けの若い翻訳家・矢竹謙吾から一通の速達が届きます。中身は、頼みもしない翻訳原稿でした。

依頼していない仕事の原稿が、なぜ送られてきたのか。朝人には分かりません。

翻訳原稿は仕事の道具であって、事件の予兆には見えない。だからこそ、その不釣り合いが小さな引っかかりとして残ります。

その日の午後、謙吾の母親が不意に事務所を訪ねてきます。息子が失踪したので相談に来た、と母親は言います。

朝人は謙吾の行方を探し始めます。ところが捜索を開始してまもなく、彼は何者かに襲われます。

人捜しを始めたばかりの翻訳事務所の経営者が、なぜ狙われなければならないのか——その答えが見えないうちに、母親からの電話が入ります。「謙吾が死体で発見されました……」。

翻訳事務所という舞台が、この物語に独特の手ざわりを与えています。原稿、速達、下請けの翻訳家。

言葉を扱う仕事の周辺で、若い男が消え、死体で見つかる。素人名探偵として動く朝人は、事件を専門に扱う人間ではなく、言葉を扱う人間です。

その目で、失踪から死へと転じた出来事を見ていくことになります。謎はこの時点で、すでにいくつも折り重なり始めています。

速達の原稿、母親の相談、正体の分からない襲撃者。三つの出来事が、ほとんど間を置かずに朝人の身に降りかかるのです。

読みどころ

本作の醍醐味は、失踪という静かな謎が、青年の死という重い事実に変わる瞬間を、電話一本で読者に体験させるところにあります。 捜し始めた相手が、死者に変わる——この転調から、物語は人捜しを離れ、死の謎へと重心を移します。

速達、母親の訪問、捜索、襲撃、そして死の報せ。出来事の順序そのものが、静かな不安から取り返しのつかない喪失へと坂を下っていきます。

もうひとつは、「文芸の香り」と呼びたくなる文体です。翻訳事務所の日常、青年経営者の目線、速達の封を切る手つき。

仁木悦子の兄妹ものにあった明るい弾みとは違う、抑えた筆致で書かれています。事件の派手さではなく、失踪した青年をめぐる人間関係の輪郭が、少しずつ浮かび上がってくる。

心理の揺れを追う推理小説として読める作品です。事件の周辺にいる人たちの言葉と沈黙を、朝人と一緒に読み取っていく時間が、この本の大半を占めます。

三年続けて協会賞の候補に挙がった1970年代半ばの作品の中でも、この作品は最も静かな一作といえます。派手な仕掛けを期待する人には物足りないでしょう。

抑えた筆致の推理小説を好む人には、その静けさこそが持ち味です。失踪と死の間に横たわる謎を、素人の青年と一緒にゆっくり辿りたい人に向いています。

作品の背景

『青じろい季節』は1975年の刊行で、翌1976年の第29回日本推理作家協会賞で長編部門の候補に挙がりました。仁木悦子は1972年の『冷えきった街』、1975年の『灯らない窓』でも同じ賞の候補になっており、この作品で三年続けての候補入りです。

手に取るなら

現在手に取るなら、角川文庫版か、KADOKAWAが配信する電子版です。仁木悦子の兄妹探偵シリーズとは別の、独立した一作で、他の作品を読んでいなくても入っていけます。

手に取るときは、短編集『青い風景画』と間違えないよう書名を確かめてください。頼みもしない翻訳原稿と、失踪した青年と、電話の向こうの母親の声。

三つの入り口から、輻輳する謎の中へ砂村朝人と一緒に入っていってください。

仁木悦子について

仁木悦子は1928年に東京府で生まれ、1986年に58歳で亡くなりました。4歳で胸椎カリエスを発病して両足が麻痺し、学校へは通わずに独学で育ちます。

戦後に童話を書き始め、旧姓の大井三重子の名でも子ども向けの作品を残しました。

姉の影響で海外の推理小説を読むようになり、書き上げた長編『猫は知っていた』は、応募先の公募企画が中止になったあと江戸川乱歩の勧めで第3回江戸川乱歩賞に回され、1957年に受賞します。同作はベストセラーとなり、明るく読みやすい作風から「日本のクリスティー」とも呼ばれました。

探偵役には、学生の仁木雄太郎・悦子の兄妹と、ハードボイルド寄りの私立探偵・三影潤の二系統があります。1961年には女性推理作家の会「霧の会」を結成し、1981年には短編「赤い猫」で第34回日本推理作家協会賞を受けました。

書誌情報

出版社
角川書店
刊行年
1975
ISBN-13
9784041454077
系譜
戦後昭和国内
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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