ミステリーとしての読みどころ
「知りすぎた男」。その一語が、すでにひとつの逆説になっています。
探偵小説の主人公といえば、ふつうは誰より真相へ肉薄する者として描かれるものです。ところが、この連作の中心に立つホーン・フィッシャーは違います。
知りすぎているがゆえに、かえって何も知らない——そんな奇妙な苦悩を抱えた男なのです。真相の在りかを見抜きながら、そこへ手をかけることをためらってしまう。
ひとりの人物のこの佇まいから、物語は静かに立ち上がります。
著者について
作者は、G・K・チェスタトン。「ブラウン神父」シリーズの生みの親として、ミステリの歴史にその名を刻んだ書き手です。
1874年にイギリスで生まれ、1936年に世を去るまで、作家として、また評論家として旺盛に筆をふるいました。逆説と諧謔の大家——そう称された彼の短編推理小説は、コナン・ドイルの作品と並び、後世の書き手たちに計り知れない影響を与えたと言われます。
長編『木曜の男』にただよう独特の幻想性もまた、いまなお熱心な読者を惹きつけてやみません。本書『知りすぎた男』は、そのチェスタトンが1922年に世へ送り出した連作短編集です。
ブラウン神父ものとはひと味違い、文明批評や社会風刺の色を帯びた異色作として知られています。
物語の入り口に立つのは、フィッシャー本人ではありません。ひとりの記者です。
新進気鋭のジャーナリスト、ハロルド・マーチ。彼が財務大臣との面会に向かう道すがら、ふとした縁で出会ったのが、ホーン・フィッシャーその人でした。
上流階級に生まれ、大物政治家たちとも太いつながりを持つ男。才気に満ちていながら、「知りすぎているがゆえに何も知らない」という奇妙な苦悩を抱え、政界の内幕という内幕を知り尽くしている——マーチが向き合うことになるのは、そういう人物です。
「知りすぎているがゆえに、何も知らない」。フィッシャーが抱えるこの奇妙な苦悩こそ、連作全体を貫く一本の芯にほかなりません。
政治の裏側で何が動いているのかを、彼は誰よりも正確に見抜いてしまう。けれど、見抜いたその先で何ができるのかとなると、話はまるで別なのです。
真相を知る者が、必ずしもそれを明るみに出せるとは限らない。内幕を知り尽くしたがゆえの、身動きのとれない苦み。
高度な政治的見地を要する事件の数々を前に、フィッシャーはその重たい逆説を、たったひとりで引き受けていくことになります。
読者が立たされるのは、記者マーチのかたわらです。世間の表側しか知らない若い記者の目を通して、「知りすぎた男」の横顔を見上げる位置。
事件が解かれていくたびに、その明晰さに感嘆すると同時に、真相を知りながら動くに動けないフィッシャーの苦さを、少しずつ味わわされていくことになります。名探偵の推理を追う愉しみと、その推理を担う男の翳りとが、分かちがたく結びついている。
解かれる謎の数だけ、フィッシャーという男の輪郭もまた少しずつ濃くなっていきます。そこにこの連作の、ほかにはない手ざわりがあります。
読みどころ
この作品の妙味は、逆説の切れ味と、それを引き受ける男の苦みとがひとつに溶け合っているところにあります。 チェスタトンといえば、逆説と機知の書き手です。
見えている面と、その裏にひそむものとのあいだを、軽やかな筆致で往き来してみせる。その持ち味は本書でも健在で、事件の切れ味も読み口の楽しさも折り紙つきです。
そのうえで本書には、内幕を知り尽くしたがゆえに動けない男の苦みが、いつも同じ紙面に書き込まれている。知りすぎた男を主人公に据えたからこそにじむ、この連作ならではの味わいです。
もうひとつの読みどころは、これがチェスタトンの「ブラウン神父ではない顔」に触れられる一冊だということです。逆説と機知という持ち味はそのままに、まなざしは人ひとりの罪から、社会や文明のありようへと広がっていきます。
神父ものの敬虔な温もりとはまた違う、批評家チェスタトンの醒めた視線が、連作の随所に効いている。ブラウン神父を読み尽くした人ほど、その差異を面白がれるはずです。
刺さるのは、逆説と機知に富んだ知的な語り口を好む読者、そして謎解きの奥に人間や社会への洞察を求める読者でしょう。反対に、混じり気のない明快な謎解きを、後味まで軽やかに味わいたいという向きには、この批評的な陰翳が、やや持って回ったものに感じられるかもしれません。
ただ、その一筋縄ではいかなさこそが、本書が長く「異色作」と呼ばれてきた理由でもあります。
手に取るなら
いま手に取るなら、創元推理文庫の一冊です。南條竹則による新訳で、2018年に同文庫へ初めて収められました。
巻末には大山誠一郎の解説を収録。訳者の南條竹則は、本書のほかにも『詩人と狂人たち』『ポンド氏の逆説』『奇商クラブ』『裏切りの塔』といったチェスタトンの作品を手がけており、同じ訳者の声で「非ブラウン神父」のチェスタトンをたどっていけるのも心強いところです。
逆説の名手のもうひとつの顔を今に伝える、巨匠チェスタトンの異色の連作短編集です。