現代国内 2017
必ずうなされる部屋で一泊。
翌日には手首のない死体。
『狩人の悪夢』有栖川有栖

書評

狩人の悪夢

眠れば必ず悪夢を見る部屋。怪奇の意匠をまとった事件を、論理だけで解いていく長編。

目次

京都・亀岡にある夢守荘という家には、眠ると必ず悪夢を見る部屋があります。有栖川有栖『狩人の悪夢』は、人気ホラー作家・白布施の招きでこの家を訪ねたミステリ作家アリスが、その部屋に一泊した翌日から動き出す物語です。

白布施のアシスタントが暮らしていた「獏ハウス」で、右手首のない女性の遺体が見つかります。事件に向き合うのは、臨床犯罪学者の火村英生と、相棒のアリスの二人。

2017年の刊行時、週刊文春、このミス、本格ミステリの各ランキングで上位に並んだ、火村英生シリーズの長編です。

物語の入り口

人気ホラー小説家の白布施に誘われて、ミステリ作家の有栖川有栖は、京都・亀岡にある彼の家を訪ねます。夢守荘。

その家には、奇妙な部屋があるという。眠ると、必ず悪夢を見る部屋。

ホラー作家の家に、悪夢を見る部屋がある。招かれたミステリ作家としては、泊まってみないわけにはいきません。

悪夢を見るという触れ込みの部屋に、自分から入っていく。その好奇心が、物語の扉を開けます。

アリスは、その部屋に泊まります。そして翌日。

白布施のアシスタントが住んでいた「獏ハウス」と呼ばれる家で、右手首のない女性の死体が発見されます。悪夢を見る部屋に泊まった翌朝に、悪夢のような死体が見つかる。

夢と現実の境目が、一夜にして曖昧になります。夢を食べるという獏の名を冠した家で死体が見つかる、その取り合わせからして、どこか悪い夢の続きのようです。

凶器は、矢と弓です。銃でも刃物でもない、古風な狩りの道具。

題名に掲げた「狩人」という語と、その道具とが、ここで重なります。

読者は、悪夢を見る部屋の隣で、この事件に立ち会うことになります。ホラー作家の家、悪夢の部屋、獏という名の家、右手首のない死体、矢と弓。

道具立ては、どれも怪奇とホラーの側に寄っています。それでも、解決は論理の側に置かれる。

火村英生シリーズの持ち味は、ここでも変わりません。序盤は人物と事情を並べる助走が長めですが、その助走が、あとの論理の足場になります。

読みどころ

ホラー作家の家に組まれた怪奇の舞台で、火村英生はあくまで論理の手だけを頼りに事件へ分け入ります。 眠ると必ず悪夢を見る部屋。

右手首のない死体。矢と弓。

ホラー作家がしつらえたような舞台立てのなかでも、その手つきはぶれません。怪奇の道具立てを隅々までそろえながら、解決は論理の側に置く。

その両立が、長編一冊を通して崩れずに保たれています。悪夢を見るという触れ込みの部屋も、手首のない遺体も、矢と弓も、想像をかき立てる材料としてそろっていますが、火村が推論の拠り所にするのは、その場で確かめられる事実のほうです。

もうひとつは、ホラー作家の家をミステリ作家が訪ねるという取り合わせです。怖がらせる物語を書く人と、謎を解く物語を書く人。

その主と客の関係から事件が始まるので、ホラーとミステリという二つのジャンルの流儀が、同じ屋根の下に並ぶことになります。夢守荘、獏ハウスと、建物の名前まで夢の語彙でそろえた舞台に、火村英生とアリスは論理を持ち込む側として立ちます。

こんな人におすすめ

臨床犯罪学者の火村英生が、怪しい噂のつきまとう家を前にしても、目の前の事実から推論を積み上げていく。その手順を追う本格を好む読者、怪奇と幻想の香りが漂う舞台に惹かれる読者に向いています。

火村英生シリーズを追ってきた人には長編の9作目として薦められますし、前の巻を読んでいなくても読めます。逆に、序盤の助走の長さが気になる人は、人物と事情が出揃うまで、少し辛抱が要るかもしれません。

その辛抱は、あとで報われます。論理の足場は、助走のなかに置かれています。

作品の背景

本作は2017年1月、KADOKAWAから刊行され、2019年6月に角川文庫に入りました。作家アリスシリーズの第24弾で、長編としては9作目にあたります。

単行本は416ページ、角川文庫版は480ページ。電子書籍でも読めます。

刊行の年のランキングでは、『週刊文春ミステリーベスト10』2017年国内4位、『このミステリーがすごい!』2018年版国内6位、そして『本格ミステリ・ベスト10』2018年版では国内2位。三つのランキングで、いずれも十位以内に入っています。

翌2018年には、火村英生シリーズそのものが、第3回吉川英治文庫賞を受けました。

手に取るなら

現行版は角川文庫。火村英生シリーズの第24弾ですが、本作単独でも筋は追えます。

京都・亀岡の夢守荘へ、ホラー作家の招きに応じてみてください。眠ると必ず悪夢を見る部屋が、そこにあります。

アリスがそこで一夜を明かした翌日、獏ハウスで遺体が見つかるところから、火村英生の推論が始まります。

有栖川有栖について

有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。

卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。

作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。

2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。

書誌情報

出版社
KADOKAWA
刊行年
2017
ISBN-13
9784041078556
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴
· ·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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