現代国内 2012
雨の体育館で殺人。
体育館にいたのは一人だけ。
『体育館の殺人』青崎有吾

書評

体育館の殺人

激しい雨の放課後、旧体育館で起きた密室殺人。論理だけで解き明かす青崎有吾のデビュー作。

体育館の殺人 表紙画像
青崎有吾 東京創元社(創元推理文庫)2012年
目次

放課直後、激しい雨。風ヶ丘高校の旧体育館で、放送部部長の少年が何者かに刺殺されました。

現場は密室状態。早めに授業が終わってその体育館にいた唯一の人物、女子卓球部の部長を、警察は犯人と決めてかかります。

青崎有吾『体育館の殺人』は、この状況から始まる学園本格です。第22回鮎川哲也賞を受けた、著者のデビュー作です。

死体発見の場に居合わせた卓球部員の柚乃が、嫌疑をかけられた部長のために、学内随一の天才に真相の解明を頼む。その天才が、内緒で校内に暮らしているというアニメオタクの駄目人間、裏染天馬です。

物語の入り口

事件が起きたのは、風ヶ丘高校の旧体育館です。放課直後、外は激しい雨。

放送部の部長である少年が、何者かに刺殺されて見つかります。現場は密室状態でした。

雨と時間と、閉じた建物。警察の目は、早めに授業が終わって現場の体育館にいた唯一の人物に向かいます。

女子卓球部の部長です。警察は、彼女の犯行だと決めてかかります。

死体発見の場に居合わせた卓球部員の柚乃は、それを受け入れられません。嫌疑をかけられた部長のために、柚乃は動き出します。

頼った相手は、学内随一の天才と呼ばれている裏染天馬。ただし、この天才は内緒で校内に暮らしている、アニメオタクの駄目人間です。

そもそも、なぜ彼は校内に住んでいるのか。体育館の密室と並んで、名探偵の素性そのものが一つの謎として差し出されているわけです。

疑われているのは柚乃自身の部の部長で、頼る相手は校内に隠れ住む変わり者。現場に居合わせただけの一部員が、こうして謎解きの輪の内側へ引き込まれていきます。

柚乃が裏染に真相の解明を頼んだところで、雨の旧体育館の密室は、ようやく探偵の手に渡ります。しかもこの作品は、読者に挑戦する形式を採る本格です。

手がかりは作中にすべて置かれていて、探偵が答えを言う前に、読み手にも同じ材料で考える機会が与えられる。その作法を、デビュー作から堂々と引き受けています。

読みどころ

この作品の面白さは、探偵が「わかった」と言う前に、読み手が自分で「わかる」ことができる作りになっているところにあります。 観察したことを一つずつ積み上げ、あり得ない可能性を一つずつ消していく。

残るのは一人だけ——その消し方が、飛躍を許しません。だから、探偵の推理を聞きながら、読み手は自分がどこで同じ道を辿れたはずだったかを、悔しさと一緒に確かめることになります。

読者への挑戦という形式は、この誠実さがなければ成り立ちません。

もうひとつは、高校という舞台の扱いです。放課後、部活、雨の日の旧体育館。

どれも日常の風景ですが、そのただなかに殺人が置かれ、見慣れた校舎がそのまま謎解きの現場になります。校内に住む駄目人間の天才という探偵像も、この舞台があってこそ成立します。

語りの軸に立つのは天才本人ではなく、嫌疑をかけられた部長のために動く一部員の柚乃です。探偵の頭のなかは見えないまま、読み手は柚乃と同じ位置に立って、雨の日の事件を眺めることになります。

論理の手続きが主役ですから、人物の心情を深く掘る種類の小説を期待すると、乾いた印象を受けるかもしれません。けれども、その乾き方こそが、平成生まれの新人が古典の作法を正面から引き受けた証です。

柚乃と裏染のやりとりには軽さがあり、アニメに入れ込む探偵の人柄が、密室殺人の張りつめた話に可笑しみを差し込みます。手続きの厳密さと読みやすさが両立しています。

作品の背景

『体育館の殺人』は第22回鮎川哲也賞の受賞作で、2012年10月に東京創元社から単行本で刊行されました。同賞は東京創元社が主催する本格の新人賞です。

2015年3月には創元推理文庫に入りました。受賞作として世に出たデビュー作が、そのまま裏染天馬のシリーズの起点になり、シリーズはその後、『水族館の殺人』『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』と続いています。

手に取るなら

現行版は創元推理文庫で、電子版もあります。文庫化にあたって単行本から大幅に改稿され、辻真先の解説が付きましたから、これから読むなら文庫版を選んでください。

続刊も出ていますので、気に入ればそのまま追いかけられます。青崎有吾を『地雷グリコ』で知った人には、その書き手が最初に何をしたのかを確かめる一冊です。

雨の日の旧体育館で放送部長が刺される、その読者への挑戦状を、まず自分の手で受け取ってみてください。

青崎有吾について

青崎有吾は1991年、神奈川県横浜市の生まれです。明治大学文学部でミステリ研究会に所属し、在学中の2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受けてデビューしました。

同賞で初めての平成生まれの受賞者です。

高校を舞台に観察と論理で犯人を一人に絞る〈裏染天馬〉シリーズ、怪物の実在する19世紀末を描く〈アンデッドガール・マーダーファルス〉、二人の探偵が謎を分担する〈ノッキンオン・ロックドドア〉と、舞台や設定を大きく替えながら、推理の手続きを省かずに見せる本格を書き続けてきました。2024年には『地雷グリコ』で第24回本格ミステリ大賞、第77回日本推理作家協会賞、第37回山本周五郎賞を受け、第171回直木賞の候補にもなっています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
2012
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 名探偵もの

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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