現代国内 2013
サメが飼育員に食いついた。
容疑者十一人にアリバイ。
『水族館の殺人』青崎有吾

書評

水族館の殺人

容疑者11人の全員にアリバイがある夏の水族館を、高校生探偵が理屈だけで詰めていく長編

水族館の殺人 表紙画像
青崎有吾 東京創元社(創元推理文庫)2013年
目次

夏休みの真っ直中、8月4日。風ヶ丘高校新聞部の面々は、取材先の丸美水族館で、とんでもない場面に出くわします。

サメが、飼育員の男性に食いついている。青崎有吾『水族館の殺人』は、この一瞬から始まる裏染天馬シリーズの第2作です。

警察の捜査で浮かんだ容疑者は11人。しかも、それぞれに強固なアリバイがありました。

行き詰まった袴田刑事は、しかたなく妹の柚乃に連絡を取ります。あの駄目人間、裏染天馬を呼び出してもらうために。

2013年8月に東京創元社から出て、本格ミステリ・ベスト10の2014年版で国内2位に入りました。

物語の入り口

8月4日、夏休みの真っ直中です。風ヶ丘高校新聞部の面々は、取材のために丸美水族館を訪れていました。

そこで目にしたのが、サメが飼育員の男性に食いついている場面です。記事の種を探しに来た高校生たちが、思いがけず、その場面の目撃者になってしまう。

夏休みの取材という気楽な用事と、目の前の光景との落差から、物語は動き出します。

警察の捜査で浮かんだ容疑者は11人。多いだけなら絞ればよいのですが、11人のそれぞれに、強固なアリバイがありました。

全員に言い分があり、全員の言い分が固い。前作で密室の謎を解いた探偵に、今度は11通りの壁が用意されたわけです。

袴田刑事は行き詰まり、しかたなく妹の柚乃に連絡を取ります。目当ては、柚乃の学校にいる駄目人間の天才、裏染天馬です。

アニメ好きの高校生でありながら、警察のアドバイザー役を務めることになる。

夏の水族館で高校生が目にした一場面と、11人分の固いアリバイ。袴田刑事が妹を通して天馬を呼び出すところで、事件の外枠は出そろいます。

密室を扱った前作に続いて、今度はアリバイ崩し——本格の古典的な型を、一作ごとに正面から引き受けていく。その順番そのものが、この書き手の律儀さを示しています。

読みどころ

アリバイ崩しの醍醐味は、11人の証言と行動を一つずつ突き合わせ、消せる可能性から順に消していく手続きの律儀さにあります。 派手な仕掛けで一気に崩すのではなく、誰がいつどこにいたかを丹念に並べ直し、矛盾の芽を探していく。

読み手にも同じ材料が与えられていますから、探偵が答えに至る前に、自分でも並べ直してみることができます。11人という人数は、その作業を読み手に強いるための数です。

少なすぎれば当てずっぽうが利き、多すぎれば投げ出したくなる。11人は、考えたくなる人数です。

そして、全員が容疑者であるということは、全員の言葉を疑ってよいということでもあります。

もうひとつは、水族館という舞台の使い方です。水槽、飼育員、通路、営業時間。

水族館には水族館の決まりごとがあり、その決まりごとが論理の土台になります。夏休みの取材に来た高校生たちのやりとりは軽く、探偵は相変わらずの駄目人間で、その軽さと、アリバイを詰めていく厳密さが同居しています。

深刻さと可笑しさを同じ頁に置く手つきは、前作から引き継がれたものです。

論理の手続きが主役ですから、証言の突き合わせが続く中盤で、速度が落ちたと感じる読者もいるかもしれません。けれども、その中盤の積み上げがあるからこそ、最後に残る一人の輪郭がはっきりします。

急がずに、11人の言い分を一つずつ聞いてみてください。

作品の背景

単行本は2013年8月15日に東京創元社から、四六判上製366ページで刊行されました。本格ミステリ・ベスト10の2014年版で国内2位、「このミステリーがすごい!」同年版で28位。

前作が本格ミステリ・ベスト10で5位でしたから、第2作で順位を上げたことになります。この第2作は、第14回本格ミステリ大賞の小説部門の候補にも挙がっています。

シリーズは『体育館の殺人』からこの作品、連作短編集『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』、長編『図書館の殺人』と続きます。人物関係は前作から読むほうが飲み込みやすいはずです。

手に取るなら

現行版は創元推理文庫で446ページ、電子版もあります。巻末の解説は飯城勇三が書いています。

シリーズの順番としては『体育館の殺人』のあとに読むのが本筋で、探偵と柚乃の関係を知ったうえで開くほうが楽しめます。アリバイ崩しという型そのものが好きな人には、シリーズの前後を問わず、この一作を勧めます。

サメが飼育員に食いついた夏の日から——11通りのアリバイを、まず自分の手で並べてみてください。

青崎有吾について

青崎有吾は1991年、神奈川県横浜市の生まれです。明治大学文学部でミステリ研究会に所属し、在学中の2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受けてデビューしました。

同賞で初めての平成生まれの受賞者です。

高校を舞台に観察と論理で犯人を一人に絞る〈裏染天馬〉シリーズ、怪物の実在する19世紀末を描く〈アンデッドガール・マーダーファルス〉、二人の探偵が謎を分担する〈ノッキンオン・ロックドドア〉と、舞台や設定を大きく替えながら、推理の手続きを省かずに見せる本格を書き続けてきました。2024年には『地雷グリコ』で第24回本格ミステリ大賞、第77回日本推理作家協会賞、第37回山本周五郎賞を受け、第171回直木賞の候補にもなっています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
2013
ISBN-13
9784488443122
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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