何もしたくない高校生。
氷菓
「わたし、気になります」——古典部四人で33年前の文集の謎を解く、米澤穂信デビュー作。
気づけば閉ざされていた教室、毎週欠かさず誰かに借りられていく本、そこにあるはずの文集を「ない」と言う少年。そして、三十三年前の出来事がからむ一冊の古い文集。
『氷菓』は、米澤穂信のデビュー長編にして〈古典部〉シリーズの第1作です。やらなくていいことはやらない「省エネ」の高校生・折木奉太郎が、なりゆきで入った古典部で、学校の小さな不思議を仲間に頼まれて解いていく。
人の死なない謎解きと高校生活とを、同じ部室に置いた青春小説です。
物語の入り口
折木奉太郎は、何事にも積極的には関わろうとしない高校生です。やらなくてもいいことなら、やらない。
そんな「省エネ」を信条とする少年が、なりゆきで神山高校の古典部に入部することになります。部活動という、およそ省エネと相性の悪い場所に、なぜか腰を落ち着けることになる。
この出だしからして、少し可笑しい。目立たず、関わらず、静かに過ごしたい。
そう願う本人をよそに、周りはこの少年をそっとしておいてはくれません。頼まれれば断りきれず、考え始めれば途中でやめられない。
省エネ主義者にとっては、なんとも分の悪い場所です。
古典部の仲間に依頼され、奉太郎は日常に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことになります。たとえば、こんな謎です。
いつのまにか鍵のかかった状態になっていた教室。毎週決まって借り出される本。
あるはずの文集を、ないと言い張る少年。どれも人が死ぬわけではなく、警察が動くわけでもない。
学校の中で、誰かがちょっと首をかしげる程度の、小さな不思議です。けれど、その小ささこそが、このシリーズの入り口になります。
なぜ教室に鍵がかかっていたのか。なぜ同じ本が毎週借りられるのか。
答えを知りたいのは、依頼した仲間のほうで、奉太郎はできれば関わりたくない。それでも、考え始めてしまえば止まらないのが、この少年の性分です。
そして、もうひとつ。『氷菓』という題名の古い文集があります。
古典部が編んできた文集に、なぜその名がついたのか。そこには三十三年前の出来事が関わっている。
日々の小さな謎の向こうに、少しだけ遠い過去の謎が置かれる。読者は、面倒くさそうにしながらも考えずにはいられない奉太郎の隣で、ひとつずつ謎を眺め、いつのまにか三十三年前まで連れていかれることになります。
読みどころ
人が一人も死ななくても、学校の中の手がかりを積み上げるだけで、謎解きの手応えは十分に生まれます。 教室、図書室、文集。
手がかりはどれも学校の中にあり、特別な道具も知識も要らない。それでも、論理を積み上げれば、見えていなかったものが見えてくる。
「日常の謎」と呼ばれる系統の面白さを、この一冊はデビュー作の段階ですでに形にしています。
もうひとつは、青春小説としての手触りです。省エネを信条にする少年が、仲間に頼まれるたびに渋々腰を上げ、いったん考え始めると途中でやめられなくなる。
その信条と性分のちぐはぐさが、部室の会話ごと可笑しい。関わりたくない少年が、それでも関わってしまう。
その繰り返しのなかで、放課後の校舎に流れる時間までが、謎と一緒に描かれていきます。探偵役が自分から事件を探しに行かない、という設定そのものが、この学園ものの味わいを決めています。
こんな人におすすめ
学園を舞台にした論理的な謎解きを求める読者、人が死ぬ話は苦手だけれど本格ミステリの手応えは欲しいという読者に向いています。シリーズものを起点から順に読みたい人には、ここが唯一の入り口です。
逆に、派手な事件や緊迫感を求める気分のときには、この静かな学校の時間は少しゆるやかに感じられるかもしれません。
作品の背景
『氷菓』は、2001年11月に角川書店の〈スニーカー・ミステリ倶楽部〉の第1回配本として刊行されました。新人賞で奨励賞を受けた応募作が本になったもので、のちに〈古典部〉シリーズと呼ばれる連作は、この一冊から始まっています。
レーベルの企画はまもなく立ち消えになり、シリーズは一時続きを出せなくなりましたが、2005年に第3作『クドリャフカの順番』が単行本で出たのに合わせて、『氷菓』も角川文庫から新しい装丁で刊行されました。2012年には京都アニメーションによってテレビアニメになり、2017年には実写映画も公開されています。
手に取るなら
現行版は角川文庫です。〈古典部〉シリーズはここから『愚者のエンドロール』へと続きます。
アニメから入った人が原作を確かめるのにも、原作から入ってアニメで補うのにも、どちらの順でも楽しめます。米澤穂信を初めて読むなら、デビュー作であるこの本から始めるのが、いちばん自然な道です。
一冊で読み切れる長さなので、週末の午後に読み終えて、そのまま続刊へ手を伸ばすこともできます。
米澤穂信について
米澤穂信は1978年、岐阜県の生まれです。金沢大学文学部の在学中からウェブサイトで小説を発表しており、大学時代に北村薫の『空飛ぶ馬』『六の宮の姫君』を読んで衝撃を受け、ミステリへ進む道を定めたといいます。
卒業後は書店で働きながら書き続け、2001年に『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受けてデビューしました。
高校生の身の回りの謎を扱う〈古典部〉〈小市民〉の両シリーズを書き継ぐ一方、大人の読者に向けた長編や短編集へも領域を広げてきました。2011年に『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年に『満願』で第27回山本周五郎賞を受け、2021年刊の『黒牢城』では第12回山田風太郎賞に続いて第166回直木三十五賞と第22回本格ミステリ大賞を受けています。
2025年には〈小市民〉シリーズで第10回吉川英治文庫賞を受けました。
書誌情報
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