相続人が一人減った。
仕掛島
瀬戸内の孤島、名士の遺言状、嵐に閉ざされた異形の館。本格の意匠を尽くした長編。
瀬戸内の孤島、亡き名士の遺言、巨大な球形展望室を持つ異形の館、そして嵐。東川篤哉『仕掛島』は、本格ミステリの意匠を惜しみなく並べた長編です。
世を去った名士の遺言に従って一族が島の別荘に集まり、遺言状の読み上げが済んだ翌朝に、相続人の一人が死んでいるのが見つかります。嵐で島は外と行き来できなくなり、同じ館に招かれていた私立探偵と弁護士が、立て続けに起こる不可解な出来事に向き合うことになります。
2022年の刊行で、「本格ミステリ・ベスト10」2023年版の国内9位に入りました。
物語の入り口
亡くなった名士が、遺言を残していました。その遺言に従って、一族が瀬戸内の島にある別荘へ呼び集められます。
別荘には巨大な球形の展望室があり、ふつうの屋敷とはかけ離れた姿をしています。館に招かれたのは一族だけではなく、私立探偵の小早川隆生と弁護士の矢野沙耶香もその中にいます。
一族の前で遺言状が読まれます。その翌朝、相続人の一人が遺体で見つかります。
遺言を聞くために集まった席が、一夜のうちに事件の現場へと変わるわけです。折しも嵐が来て、島は外界から隔絶されました。
助けを呼ぶことも、島を離れることもかなわない——その閉ざされた館の中で、探偵と弁護士の二人は、次々に起こる不可解な出来事に巻き込まれていきます。
孤島、遺言、相続人、異形の館、嵐。並べてみれば、本格ミステリの古典的な道具立てがすべて揃っています。
東川篤哉はこの道具立てを、照れずに、しかし軽やかに置いていきます。遺言と相続人と嵐の館という組み合わせが、この作家の手でどう動き出すのかを追うのが、入り口での楽しみの一つです。
遺言状の読み上げという場面も、一族が一堂に会する舞台として古くから使われてきたもので、読者はそこに集まった顔ぶれを、探偵と弁護士の目を借りて眺めることになります。球形展望室という建物の異形さも、読み始めてすぐに目に入る特徴で、この館がただの洋館ではないことを、外観の段階で読者に伝えてきます。
読みどころ
孤島と嵐と異形の館という舞台が、一つ残らず謎解きに働きます。 孤島に嵐、遺言と相続人、異形の館。
この道具立てを使えば、雰囲気だけで最後まで持たせることもできます。東川篤哉はそうしません。
道具立ての一つひとつが、飾りで終わらず、謎解きの中で役目を持ちます。雰囲気で読ませる本格ではなく、考えて読む本格です。
嵐で島が閉ざされてからの時間が長いので、館の中の出来事に集中して考えられるのも、この形式の利点です。
もうひとつは、探偵と弁護士という二人組の配置です。探偵は謎を解く人、弁護士は遺言を扱う人。
遺言をめぐる事件に、この二つの職業が並んで招かれている。それぞれの立場から見える景色の違いが、事件の見え方に幅を与えています。
一族の外から招かれた二人——小早川隆生と矢野沙耶香は、身内どうしのしがらみを持たない目で、館に集まった人々を眺めることができる位置にいます。人物どうしの会話は軽く、重い道具立てのわりに読み口は軽快です。
遺言状の読み上げ、嵐、球形展望室。古めかしい道具立てを前にすると、大仰な怪奇趣味を思い浮かべて身構える人もいるでしょう。
けれども東川篤哉の筆は、それらをおどろおどろしく飾り立てるより、探偵と弁護士が一つずつ吟味していく材料として差し出します。文庫で496ページという厚みは、そのまま嵐に閉ざされた館で二人とともに過ごす時間の長さになります。
作品の背景
『仕掛島』は2022年9月30日に東京創元社から単行本で刊行されました。四六判仮フランス装で420ページ、装画は影山徹、装幀は岩郷重力とF.T。
デビュー二十年目の刊行です。2025年7月11日に創元推理文庫に入りました。
「本格ミステリ・ベスト10」2023年版で国内9位。〈烏賊川市〉シリーズや『謎解きはディナーのあとで』を書いてきた著者が、孤島・遺言・館・嵐という本格の道具立てを正面から組んでいます。
手に取るなら
現在手に取るなら、創元推理文庫版です。496ページ、大山誠一郎の解説付きで、電子版もあります。
シリーズものではない独立した長編なので、東川篤哉を初めて読む人でも困りません。『謎解きはディナーのあとで』から入った人には同じ作家の大がかりな長編として、本格の古典的な道具立てが好きな人には、それを現代の筆でどう組み直すかを見る長編として薦められます。
孤島に嵐が来て、遺言状が読まれ、翌朝に相続人が死ぬ。その館へ、探偵と弁護士と一緒に渡ってください。
東川篤哉について
東川篤哉は1968年、広島県尾道市の生まれです。岡山大学法学部を卒業し、鮎川哲也が編集を務めた公募アンソロジー『本格推理』への入選を重ねたのち、2002年に光文社の新人発掘企画〈KAPPA-ONE〉の第一期として『密室の鍵貸します』でデビューしました。
笑いの絶えない語り口のなかに本格の謎解きを組み込む作風で知られ、私立探偵の鵜飼杜夫が活躍する烏賊川市シリーズや、学園を舞台にした鯉ケ窪学園シリーズなど、連作を数多く書いています。2011年には『謎解きはディナーのあとで』で第8回本屋大賞を受け、広く読まれる作家になりました。
ほかに『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』『探偵少女アリサの事件簿』などのシリーズがあります。
書誌情報
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