自分の館で毒殺された。
硝子の塔の殺人
雪深い森の硝子の塔に集められた客たちの前で、13年前の事件が血文字でよみがえる。
雪深い森の奥に、硝子の塔が燦然と輝いています。場所は長野県、北アルプス南部の蝶ヶ岳の中腹。
知念実希人『硝子の塔の殺人』は、ミステリを愛する大富豪がこの塔にゲストを招くところから動き出す物語です。雪、塔、富豪の招待状、そして名探偵。
内科医でもある書き手が、初めて正面から取り組んだ本格ミステリ長編です。
物語の入り口
招待の主は、ミステリを愛する大富豪です。その呼びかけに応じて、雪の森に建つ硝子の塔へゲストたちがやって来ます。
招かれた客は全部で9人。刑事がいて、霊能力者がいて、小説家がいて、料理人がいる。
捜査を職とする者、目に見えないものを語る者、物語を書く者、食卓を預かる者——職業のばらばらな顔ぶれです。その9人が、北アルプス南部の山の中腹、雪深い森に建つ一軒の館に集まります。
塔は地上11階、地下1階。ただ、この塔が建っている土地には、もうひとつの顔があります。
そこは13年前に起きた事件の跡地でもあるのです。華やかな建物の足もとに、過去の出来事が沈んでいる。
舞台の設定が、最初から影を抱えています。
惨劇は、館の主人の死から始まります。主人が毒殺され、ダイニングでは血塗れの遺体が見つかる。
そして現場には、十三年前の事件が血文字で記されていました。塔の足もとに沈んでいたはずの過去が、赤い文字になって、いまの事件のなかへ呼び戻されるのです。
毒殺と、血塗れの遺体と、十三年前を名指す血文字。三つの異変が、ひとつの館のなかに次々と現れることになります。
謎を追うのは、名探偵・碧月夜と、医師・一条遊馬の二人。雪に囲まれた塔のなかで、読者は二人と同じ時間を過ごしながら、館の主人の毒殺と、ダイニングの遺体と、血文字の意味を一つずつ手渡されていきます。
目次は、プロローグから一日目、二日目、三日目、最終日を経てエピローグへと進みます。硝子の塔の数日間は、ここから刻まれはじめます。
読みどころ
読みどころは、伏線と読者への挑戦状という本格の約束事を、正面からそろえた点にあります。
作中には伏線が散りばめられ、読者への挑戦状も置かれています。挑戦状は、作者が物語の外から謎解きへ誘いかけてくる仕掛け。
館に集められた客、主人の毒殺、血塗れの遺体、血文字に残された過去の事件、そして名探偵。雪深い森の館という舞台に、この挑戦状が加わります。
挑戦状が置かれている以上、読み手の側も推理の卓に着くよう求められているわけです。著者自身が初めて正面から取り組んだ本格ミステリで、これだけの道具立てを一度に持ち込んでいるのです。
もうひとつは、評価の広がりです。週刊文春ミステリーベスト10、『このミステリーがすごい!』、本格に絞った『本格ミステリ・ベスト10』、そして本屋大賞——性格の違う四つの順位表すべてに名前が載りました。
本格の約束事を正面からそろえた作品が、同時に著者最大のベストセラーにもなっている。謎解きにこだわる読み手の評価と、広く手に取られた売れ行きとが、同じ作品の上に重なっています。
こんな人におすすめ
館、名探偵、読者への挑戦状。この三つがそろった本格ミステリを探している人に向きます。
十三年前の過去と、いまの事件が血文字でつながる筋立てに惹かれる人にも合うでしょう。この著者を「天久鷹央」シリーズで知っている人にとっては、同じ書き手が本格の定石に真正面から挑んだ作品として手に取る楽しみがあります。
作品の背景
単行本は2021年7月30日、実業之日本社から四六判504ページで刊行されました。その年の週刊文春ミステリーベスト10で国内4位、『このミステリーがすごい!』2022年版で国内9位、『2022本格ミステリ・ベスト10』で国内5位。
翌2022年の第19回本屋大賞では8位に入っています。知念実希人にとって、最大のベストセラーとなった作品でもあります。
書き手の側から見ると、この作品には一本の縁が通っています。知念実希人は2011年、第4回島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受けました。
そのデビューの扉を開いた新人賞の選者が、10年後に書かれたこの本格ミステリに「『硝子の塔の殺人』刊行に寄せて」を書いています。選んだ側と選ばれた側が、同じ一冊の本文と巻末に並んでいるわけです。
手に取るなら
現在手に取るなら、2025年10月3日に出た実業之日本社文庫版です。560ページで、巻末には島田荘司の「『硝子の塔の殺人』刊行に寄せて」が収められています。
単行本は四六判504ページでした。Audible 版もあり、耳で聴くこともできます。
雪の森に輝く塔の扉を、読者への挑戦状を受けて立つつもりで開けてみてください。
知念実希人について
知念実希人は1978年、沖縄県の生まれです。2004年に東京慈恵会医科大学を卒業して医師となりました。
内科医として勤務するかたわら小説を書き、2011年に「レゾン・デートル」で第4回島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受けます。翌2012年、同作が『誰がための刃 レゾンデートル』として刊行され、作家としてデビューしました。
医師としての知識と経験を生かした医療ミステリで知られ、「天久鷹央」シリーズや、2015年に啓文堂書店の文庫大賞を受けた『仮面病棟』などを書き継いできました。『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』『ムゲンのi』『硝子の塔の殺人』、児童書の『放課後ミステリクラブ』と、本屋大賞の候補に挙がった作品も数多くあります。
書誌情報
知念実希人をもっと読む
全作品一覧へ →似た読み味を、他の作家で
気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本