現代国内 2009
彼女ができても、
謎解きがやめられない。
『秋期限定栗きんとん事件』米澤穂信

書評

秋期限定栗きんとん事件

季節を巡る高校生活の裏で、町では放火が続く。謎解きをやめられない小鳩君の〈小市民〉シリーズ第3弾。

目次

あの日の放課後、手紙で呼び出されて以降、ぼくの幸せな高校生活は始まった。学校中を二人で巡った文化祭。

夜風がちょっと寒かったクリスマス。お正月には揃って初詣。

『秋期限定栗きんとん事件』は、米澤穂信の〈小市民〉シリーズ第3弾。語り手の口ぶりで並べられるのは、まるで普通の高校生の、まるで普通の幸せです。

ただし小鳩君は、機会があれば彼女そっちのけで謎解きを繰り広げてしまう。甘い題名の下で、自意識と恋心の苦さが競い合う青春長編です。

物語の入り口

語り手は小鳩君。幸せな高校生活の始まりは、あの日の放課後、手紙で呼び出されたことでした。

それからの日々が、季節を追って並べられます。学校中を二人で巡った文化祭。

夜風がちょっと寒かったクリスマス。お正月には揃って初詣。

小さな誤解でやきもち焼いて口げんか、みたいな日が自分に来るとは、実際、まるで思っていなかった。そう語る小鳩君の口ぶりには、照れと、少しの戸惑いがにじんでいます。

手紙で呼び出される、という古風な始まり方も、この語り手にはよく似合います。

ただし、この語り手には妙な癖があります。機会があれば彼女そっちのけで、謎解きを繰り広げてしまうのです。

平穏な高校生活を望むはずの人が、目の前に不思議なことがあると、つい考えずにはいられない。それは幸せな日々の中でも、一向に治りません。

読者は、その癖を持て余しながら季節を過ごす小鳩君の隣で、文化祭からクリスマス、初詣へと、高校生の一年を一緒に歩くことになります。

そして町では、放火が続きます。幸せな日々の背後で、この出来事が、日常の向こう側でじわりと存在感を増していく。

甘い菓子と、幸せな交際と、消えない謎解きの癖。その三つが同じ季節に収まったとき、この巻の空気が定まります。

題名の栗きんとんは、おせち料理の黄色い品ではありません。岐阜県東濃地方を中心に作られ、秋に店頭へ並ぶ和菓子です。

限られた時期にしか味わえない菓子という性格が、高校生活の短さにもよく似合います。

読みどころ

普通の高校生活を送ろうとする人が、普通でいられない。その居心地の悪さが、この巻の芯です。

相手に合わせて演じる「普通」と、自分の内側から湧いてくる欲求のずれ。恋愛の場面ほど、そのずれははっきり見えてきます。

幸せの描写が丁寧であればあるほど、そこに混じる違和感が目立つ。恋人と過ごす季節が満ち足りて見えるほど、その隣で頭をもたげる謎への執着が、手放しの青春小説に収まらない影を落としていきます。

幸せの側を語れば語るほど、放火の影が濃くなっていきます。

もうひとつは、上下巻という長さの使い方です。一つの季節を、短編の連なりではなく、長い時間軸で追う。

日常に潜む小さな疑問を扱ってきたシリーズが、ここで一つの事件を腰を据えて追う作品へ踏み出しています。上巻でゆっくり積み上げた日々が、下巻でどう効いてくるか。

その呼吸を味わうには、二冊まとめて手元に置いておくのが正解です。途中で止めると、季節の続きが気になって落ち着きません。

こんな人におすすめ

前2作を読んで二人の関係を知っている人には、この巻の「幸せな高校生活」がどう見えるかが、大きな読みどころになります。甘い菓子と苦い選択、論理と恋心が一つの季節に収まる物語を、腰を据えて味わいたい人に向いています。

逆に、テンポの速い謎解きを求める気分のときには、上下巻をかけてゆっくり進む季節は、少し長く感じられるかもしれません。

作品の背景

本作は2009年、創元推理文庫から上下巻で刊行されました。上巻は2月27日の初版で254ページ、下巻は3月13日の初版で244ページです。

年末のランキングでは、「このミステリーがすごい!2010年版」で国内編10位、「ミステリが読みたい!2010年版」で国内篇キャラクター部門4位、「本格ミステリ・ベスト10 2010年版」で国内11位に入りました。2025年4月からは、TVアニメ『小市民シリーズ』第2期の原作として映像化されています。

手に取るなら

現行版は創元推理文庫の上下巻です。『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』に続く第3弾なので、二人の関係の来歴を知ってから読むほうが、この巻の温度差がよく伝わります。

アニメ第2期から入った人が原作で確かめるのにも、ちょうどよい一冊です。秋の和菓子を横に置いて読めば、題名の意味がひとつ増えます。

米澤穂信について

米澤穂信は1978年、岐阜県の生まれです。金沢大学文学部の在学中からウェブサイトで小説を発表しており、大学時代に北村薫の『空飛ぶ馬』『六の宮の姫君』を読んで衝撃を受け、ミステリへ進む道を定めたといいます。

卒業後は書店で働きながら書き続け、2001年に『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受けてデビューしました。

高校生の身の回りの謎を扱う〈古典部〉〈小市民〉の両シリーズを書き継ぐ一方、大人の読者に向けた長編や短編集へも領域を広げてきました。2011年に『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年に『満願』で第27回山本周五郎賞を受け、2021年刊の『黒牢城』では第12回山田風太郎賞に続いて第166回直木三十五賞と第22回本格ミステリ大賞を受けています。

2025年には〈小市民〉シリーズで第10回吉川英治文庫賞を受けました。

書誌情報

出版社
東京創元社
刊行年
2009
ISBN-13
9784488451059
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴
·

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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