現代国内 2013
弟の言葉をなぞるように、
町で事件が相次ぐ。
『リカーシブル』米澤穂信

書評

リカーシブル

父の失踪で地方都市へ移った姉弟を、未来視の伝承と町の利害が包囲する。

目次

新しい町で最初に覚えるのは、道順よりも、誰を信用してよいかという感覚かもしれません。『リカーシブル』は、父の失踪により母親の故郷へ越してきた少女・越野ハルカが、弟のサトルとともに、過疎化の進む地方都市で生活を始めるところから動きだす長編です。

町では高速道路の誘致運動をめぐる暗闘と、未来視にまつわる伝承が入り組み、不穏な空気が漂い始めている。そんな中、弟の言動をなぞるかのような事件が相次ぎます。

米澤穂信が、十代の切なさと成長を描いた青春ミステリです。

物語の入り口

越野ハルカは、父の失踪をきっかけに、母親の故郷へ引っ越してきました。一緒に暮らすのは弟のサトル。

頼れる大人が少ない状況で、慣れない土地の生活が始まります。知らない町、知らない人々、知らない言い伝え。

最初に覚えなければならないのは、道順よりも、誰の言葉をどこまで信じてよいかという感覚です。舞台は、過疎化が進む地方都市。

表向きは静かでも、町の中では高速道路の誘致運動をめぐって、大人たちの利害がぶつかっています。道路が来れば未来は開けるのか、それとも生活は別の形で変わってしまうのか。

希望を語る言葉の裏に、立場ごとの焦りが透けます。

もうひとつ、この町に根を張っているのが、未来視にまつわる伝承です。昔話ならば距離を置けます。

ところが、弟のサトルの言動をなぞるかのように、事件が相次ぎ始める。偶然だと片づけたいハルカと、伝承を語りたがる周囲との間に、じわじわと不穏さが広がっていきます。

予知を信じるか否かだけではなく、誰が何のためにその話を語るのか。ハルカが向き合わなければならないのは、そういう問いです。

読者は、越してきたばかりのハルカと同じ、土地勘のない位置に立たされます。大人は子どもにすべてを話さず、「あなたのため」という言葉で説明を打ち切ることができる。

会話の矛盾や態度の変化を拾い、自分の足で町の輪郭を作り直していく。その慎重さが、そのまま読者の視点になります。

大人たちの矛盾と、自分が進むべき道。この二つを、ハルカは弟の手を引きながら、ひとつずつ確かめていくことになります。

読みどころ

主人公がまだ子どもであることが、調査の難しさをそのまま緊張に変えています。 探偵の資格も、聞き込みの権限もない。

あるのは、疑わしいものを疑う目と、弟を守らなければならないという責任だけです。その制約の中で、ハルカが町の言葉を一つずつ確かめていく手つきに、本格ミステリの骨組みが見えます。

もうひとつは、高速道路の計画と古い伝承という、二つの題材の並べ方です。片方は現代的で、もう片方は昔話のように見える。

しかしどちらも、町の過去をどう語り、未来を誰が決めるのかという問題を抱えています。先細る土地を救いたいという願いがある一方で、その願いを掲げれば異論を抑えられる危うさもある。

共同体が一つの物語を共有するとき、そこから外れる人の声は聞こえにくくなります。閉ざされた土地の空気を、少女の警戒心を通して描いたところに、この長編の重さがあります。

十代の少女が育っていく物語でもありますが、ハルカの成長は明るい階段を上るようなものではなく、疑いながら一段ずつ確かめる足取りとして描かれます。

こんな人におすすめ

土地が抱える記憶と、一人の少女が自分の判断を得ていく過程を、同時に読みたい人に向いています。軽快というより濃密な読み味なので、腰を据えて長編に浸りたいときに合います。

地方の町の空気を知っている人ほど、描かれる息苦しさが身に迫るでしょう。逆に、日常の謎の軽やかさを米澤穂信に求めている読者には、この閉ざされた町の圧迫感は少し重く感じられるかもしれません。

作品の背景

本書は2013年1月、新潮社から単行本で刊行されました。刊行後は「本格ミステリ・ベスト10 2014年版」の国内10位と、「このミステリーがすごい!2014年版」の国内編7位に入っています。

新潮文庫版は2015年刊、528ページ。過疎化のなかで人々が長い時間をかけて築いた町そのものが、家族の謎と並ぶ物語の核になっています。

手に取るなら

現行版は新潮文庫。528ページの長編ですが、町の空気と姉弟の関係を時間をかけて積み上げる構成なので、分量に見合った手応えがあります。

シリーズに属さない単独作で、予習は要りません。〈古典部〉〈小市民〉の学園ものから入った読者が、この作家の別の顔に触れるための一冊としても向いています。

米澤穂信について

米澤穂信は1978年、岐阜県の生まれです。金沢大学文学部の在学中からウェブサイトで小説を発表しており、大学時代に北村薫の『空飛ぶ馬』『六の宮の姫君』を読んで衝撃を受け、ミステリへ進む道を定めたといいます。

卒業後は書店で働きながら書き続け、2001年に『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受けてデビューしました。

高校生の身の回りの謎を扱う〈古典部〉〈小市民〉の両シリーズを書き継ぐ一方、大人の読者に向けた長編や短編集へも領域を広げてきました。2011年に『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年に『満願』で第27回山本周五郎賞を受け、2021年刊の『黒牢城』では第12回山田風太郎賞に続いて第166回直木三十五賞と第22回本格ミステリ大賞を受けています。

2025年には〈小市民〉シリーズで第10回吉川英治文庫賞を受けました。

書誌情報

出版社
新潮社
刊行年
2013
ISBN-13
9784101287836
系譜
現代国内
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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