僕はそれで一発逆転を狙う。
黄金色の祈り
母校の天井裏に眠る白骨を、成功に飢えた語り手の自意識ごと解きほぐす青春本格。
白骨死体と、盗まれたはずのアルトサックス。それだけ聞けば、名探偵が颯爽と現れて場を収める物語を想像するでしょう。
この作品に、その名探偵はいません。廃校となった母校の天井裏から見つかった、天才プレイヤーの遺骨。
その死に向き合うのは、旧友の不審死を「題材」として眺め、それで小説を書いて人生の一発逆転を狙う語り手です。西澤保彦『黄金色の祈り』は、1999年に文藝春秋から刊行され、「本格ミステリ・ベスト10」2000年版で国内8位に入りました。
物語の入り口
場所は、廃校になった母校です。その天井裏から、二つのものが見つかります。
ひとつは、盗まれたはずのアルトサックス。もうひとつは、白骨になった死体です。
亡くなっていたのは、天才と呼ばれたプレイヤーでした。楽器と奏者が、人の出入りの絶えた建物の天井裏に、そろって眠っていた。
盗まれた楽器がなぜそこにあるのか、奏者はいつから天井裏にいたのか。発端としては、これ以上ないほど謎めいた配置で、問いは最初から二つ重なっています。
語り手は、他人の目ばかりを気にし、人をうらやみ、成功することばかり考えてきた男です。成功者に憧れ、理想と現実のあいだをさすらい続けてきました。
その語り手が、旧友の不審死を前にして思いつくのは、追悼でも捜査でもありません。これを題材に小説を書く。
それで人生の一発逆転を狙う。死んだ友人を、自分が浮かび上がるための材料として眺める——その視線の低さが、この物語の最初の手ざわりです。
廃校の天井裏から出てきたサックスと白骨。それを原稿の種にして、一発逆転を夢見る語り手。
物語はこの二つを足場に動き出します。その小説が書き上がるのか、誰かに読まれるのか、語り手の狙いがどうなるのかは、まだ見えません。
読者は、この語り手の肩越しに天井裏を覗き込む位置に立たされます。探偵の隣ではなく、事件を利用しようとする男の隣に。
読みどころ
本作の核にあるのは、語り手の自意識そのものです。 うらやむ。
比べる。焦る。
自分を実際より大きく見せようとする。誰の中にも少しはあって、けれど普段は表に出さずにおく部分を、この語り手は隠しません。
読んでいて居心地が悪くなる瞬間が、何度も訪れるはずです。その居心地の悪さは、語り手が特別に嫌な人間だからではなく、読む側の中にある同じものに触れるからです。
成功したい、認められたい、という願いそのものは、誰にとっても後ろ暗いものではありません。それが他人の死を材料にする段になって、初めて闇と呼ばれる。
その自意識の闇が先にあり、トリックはそれを受ける器として、精緻に組み上げられています。
もうひとつは、著者との距離です。アメリカ留学を経て書く側に回った著者の歩みを、この語り手にどこまで重ねるかを決めるのは読む側ですが、自伝の匂いのする青春ミステリとして読まれてきた作品です。
語り手の嫌な部分を、著者は遠くから眺めて書いてはいない——そう感じさせる近さが、居心地の悪さを本物にしています。
密室や意外な犯人の指摘といった本格の手続きの快感を第一に求めるなら、400ページ余りを語り手の声に引っ張られて進む読み心地は、遠回りに映るかもしれません。けれども、成功を夢見てさまよった語り手が最後に見出すのは、最も知りたくなかった真犯人です。
知りたくなかったものを知る、その重さを受け止めるために、400ページ分の自意識の語りが要るのです。
作品の背景
『黄金色の祈り』は、さまざまな型で本格に挑み続けてきた西澤保彦の作品のなかで、探偵役を置かずに語り手ひとりの声で運ぶ側に立つ作品です。
単行本は1999年3月に文藝春秋から出ました。「本格ミステリ・ベスト10」2000年版で国内8位。
『法月綸太郎の新冒険』『ハサミ男』『どんどん橋、落ちた』が上位に並んだ年のことです。2003年11月に文春文庫に入りました。
手に取るなら
現在は中公文庫で手に入り、電子版は2014年から配信されています。解説は佳多山大地。
文春文庫時代の解説は小野不由美でした。西澤保彦の他の作品を知らなくても、語り手の声に引っ張られるまま最後まで行けます。
分量は400ページ余り。一晩か二晩、まとめて時間を取れるときに開くのに向いています。
他人と自分をつい比べてしまう気持ちに覚えのある人ほど、この語り手から目を離せなくなるはずです。天井裏の白骨とサックスという入り口をくぐった先で、最後に手もとに残るのは人の心のほうだ、という据わりの良さを持った一冊です。
西澤保彦について
西澤保彦は1960年、高知県安芸市に生まれ、2025年に64歳で亡くなりました。アメリカのエカード大学で創作法を学び、帰国後は高知大学経済学部の教務助手や高校の講師を務めながら小説を書き続けます。
1990年には「聯殺」が第1回鮎川哲也賞の最終候補に残り、1995年に『解体諸因』で作家としてデビューしました。
同じ一日を繰り返す『七回死んだ男』や『人格転移の殺人』のように、SF的な設定を本格ミステリに持ち込み、その規則を示したうえで推理の土台に据える作風で知られます。〈匠千暁〉〈神麻嗣子〉〈腕貫探偵〉と複数のシリーズを並行して書き継ぎ、2023年には短編「異分子の彼女」で第76回日本推理作家協会賞の短編部門を受けました。
書誌情報
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