迎え撃つのは少年ひとり。
殺人鬼 逆襲篇
山を降りた殺戮の化身と、ある「能力」を持つ少年が向き合う、戦慄の本格ミステリ第2弾。
蘇った殺戮の化身が山を降り、麓の街へ向かう。『殺人鬼 逆襲篇』は、綾辻行人が1993年に『殺人鬼II 逆襲篇』として世に出した、二部作の第2作です。
前作『殺人鬼』から3年後のことでした。街へ降りてきた惨劇にただ一人立ち向かうのは、ある「能力」を持った少年・真実哉。
館シリーズを書き継いできた作家が、凄惨な殺戮の物語として書いた本格ミステリの連作で、残虐描写の密度は綾辻作品のなかでも際立って高い。それを承知のうえで開く一冊です。
物語の入り口
前作の舞台は、双葉山という山でした。本作で、殺戮の化身はその山を降ります。
向かう先は、麓の街。閉ざされた山中から、人の暮らす場所へ。
舞台が変わることで、恐怖の質も変わります。山なら、逃げ場がないのは山に入った人だけです。
街では、そこに住むすべての人が、化身の行く手にいます。何も知らずに暮らしている人々の頭上に、山から降りてくるものの影が落ちる。
その構図だけで、前作とは違う種類の怖さが立ち上がります。
蘇った化身は、ふたたび動き出します。その行き先が、今度は山の外になります。
前作の激しさを知る読者なら、どれほどの覚悟が要るかは見当がつくはずです。
これに立ち向かうのが、少年・真実哉です。ただ一人で。
少年であること、ただ一人であること——その二つが重なって、この対決の心細さが際立ちます。彼には、ある「能力」があります。
殺戮の化身と、能力を持つ少年。対決の構図は、これ以上ないほど単純で、だからこそ強い。
物語の焦点は、この対決がどこへ行き着くかの一点にあります。
読者は、麓の街の住人のひとりとして、山から降りてくるものの気配を感じることになります。前作で山中にあった恐怖が、今度は日常の場所に流れ込んでくる。
そこに立ちはだかるのは、警察でも軍隊でもなく、ひとりの少年。読者はその少年の背中越しに、街へ降りてきた化身と向き合うことになります。
読みどころ
麓の街に降りてきた殺戮の化身に、ある「能力」を持つ少年・真実哉が、ただ一人で立ち向かいます。 襲われる側がただ逃げまどうだけの話ではなく、化身の前に立つ者がいるのです。
凄惨な場面が続くなかで、逃げずに踏みとどまる少年の姿が、物語の背骨になっています。惨劇のただなかで、少年はどこまで持ちこたえるのか。
もうひとつは、残虐描写の密度です。前作の時点ですでに苛烈だった描写は、舞台を街に移したこの第2作でも手加減がありません。
流血や身体損壊の描写が苦手な人には、はっきりと向きません。逆に、恐怖を真正面から書き切る筆致を求める人には、その手加減のなさこそが応えてくれるはずです。
楳図かずおを師と仰ぐ作家の、恐怖への誠実さがここにあります。
そして、この二部作は本格ミステリとして書かれています。山を降りた化身に街が脅かされる緊張と、謎を推理する興味とを、同じ頁で同時に味わう。
この第2作は、そういう読み方にまっすぐ応える長編です。
こんな人におすすめ
前作『殺人鬼 ‐‐覚醒篇』を読み終えて、続きを求めている読者。あるいは、凄惨な物語と本格ミステリの謎解きを一度に味わいたい読者に向いています。
館ものの綾辻行人しか知らない人には、同じ作家が麓の街を舞台に組んだ本格を知る機会にもなります。逆に、流血や身体損壊の描写が苦手な人には薦めません。
それでも読むと決めたなら、覚悟に見合う体験が待っています。
作品の背景
本作の原本は1993年10月、双葉社から『殺人鬼II 逆襲篇』として刊行されました。1995年8月に双葉ノベルズ、1997年2月に新潮文庫と版を移し、2012年2月に角川文庫から改訂決定版が出ています。
1993年から2012年までの19年のあいだに、四つの形を経てきたことになります。前作も半年前の2011年8月に、『殺人鬼 ‐‐覚醒篇』として角川文庫に入っていました。
綾辻行人は館ものの長編と並行して、ホラーの領域でも書き継いできました。刊行の順でいえば、この二部作は1988年の『緋色の囁き』に始まる囁きシリーズと、2009年の『Another』のあいだの、恐怖を描く筆と本格の筆が並走していた早い時期に置かれています。
手に取るなら
現行版は角川文庫の改訂決定版で、前作とあわせて電子版もあります。二冊を続けて手元に揃えやすい形です。
二部作の第2作ですから、前作『殺人鬼 ‐‐覚醒篇』を先に読むのが順当です。山を降りた化身と、麓の街と、ひとりの少年。
対決の行方という一点に向かって、336ページが進んでいきます。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
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