現代国内 1989
教主は神殿から消え、
頭と左腕のない死体になった。
『殺人方程式 切断された死体の問題』綾辻行人

書評

殺人方程式 切断された死体の問題

儀式の神殿から監視をかいくぐって消え、切断死体で見つかった教主の死に明日香井兄弟が挑む第1作。

殺人方程式 切断された死体の問題 表紙画像
綾辻行人 講談社(講談社文庫)1989年
目次

新興宗教団体の教主が、殺された。儀式のために籠もっていた神殿から姿を消し、頭部と左腕を切断された死体となって発見されたのです。

厳重な監視の目をかいくぐって、不可能犯罪はいかにして行われたのか。しかも2ヵ月前には、前教主が奇怪な死を遂げている。

『殺人方程式 切断された死体の問題』は、綾辻行人が館シリーズと並行して書き始めた、明日香井兄弟ものの第1作。解くための手がかりをすべて作中に示したうえで、読者に答えを問う型の長編です。

物語の入り口

殺されたのは、新興宗教団体の教主です。彼は儀式のために神殿に籠もっていました。

その神殿は、厳重な監視のもとに置かれていた。にもかかわらず、教主は神殿から姿を消し、やがて死体となって発見されます。

しかもその死体は、頭部と左腕が切断されていました。監視の目をかいくぐった消失と、むごたらしい損壊。

事件は最初から、ふつうの殺人の輪郭を大きくはみ出しています。

問いは、最初から明確です。厳重な監視の目をかいくぐって、犯人はどうやって教主を神殿から連れ出し、殺したのか。

なぜ、頭部と左腕を切断しなければならなかったのか。監視下からの消失という不可能興味と、死体損壊の理由という謎。

二つの問いが、冒頭から並んで立っています。

さらに、もうひとつの死が影を落とします。2ヵ月前、前の教主が奇怪な死を遂げていたのです。

教主が二代続けて、ふつうでない死に方をした。二つの死のあいだに、何か関連があるのか。

新興宗教という舞台は、外から見れば閉ざされた世界です。そのなかで起きた二つの死を、外の目がどこまで照らせるのか。

探偵役を務めるのは明日香井叶と明日香井響の兄弟で、このシリーズは「明日香井兄弟もの」として知られています。読者は、この不可能犯罪の条件を、明日香井兄弟と同じ手つきで並べ直すことになります。

監視の目は、どこに、どのように置かれていたのか。神殿の構造はどうなっているのか。

二つの死は、どこでつながるのか。情緒に寄りかからず、状況の構造だけを頼りに考える。

儀式のための神殿と、そこに注がれていた見張りの目。そのあいだで起きたはずの出来事を、紙の上に並んだ条件から一つずつ組み立て直す作業が、ここから始まります。

読みどころ

示された条件だけを頼りに、読者が探偵役と同じ答えまで辿り着けるよう、謎はフェアに組まれています。 監視下からの消失と、頭部と左腕の切断。

二つの謎はどちらも、条件が明示された問題として置かれています。読者への挑戦という言葉を掲げるのは易しいのですが、実際に挑戦として成り立たせるには、条件の提示に一切の抜かりがあってはならない。

この作品はそこに、丁寧な仕事をしています。

もうひとつは、館シリーズとの手触りの違いです。館シリーズが建物の奇矯さと雰囲気で読者を包み込むのに対して、本作は道具立てを絞り、問いの構造そのものを前に出す。

同じ作家が同じ時期に書いたとは思えないほど、読み口は乾いています。綾辻行人を館の作家としてだけ知っている人には、この乾いた本格の顔は新鮮なはずです。

こんな人におすすめ

条件を並べて自分で考えることが好きな読者、不可能犯罪や死体損壊の理由といった古典的な問いに心が躍る読者に向いています。館シリーズの雰囲気重視の読み口とは違う、綾辻行人の骨組みだけの本格を味わいたい人にも。

逆に、人物の内面や物語の情緒を第一に求める人には、この乾き方は少し物足りないかもしれません。

作品の背景

『殺人方程式』は1989年5月、光文社カッパ・ノベルスから刊行されました。館シリーズの第4作『人形館の殺人』が出た翌月で、この時期の綾辻行人がどれほどの速さで書いていたかがわかります。

1994年2月に光文社文庫に入り、現行版は2005年2月に出た講談社文庫で、420ページ、電子版もあります。明日香井兄弟ものの第2作『鳴風荘事件 殺人方程式II』が1995年に出ています。

手に取るなら

現行版は講談社文庫。明日香井兄弟ものの第1作ですから、シリーズを読むならここからです。

館シリーズの知識はまったく不要で、本作から綾辻行人に入っても差し支えありません。神殿から消えた教主と、切断された死体。

条件はすべて本の中に示されています。あとは、考えるだけです。

答え合わせのあとで、条件がどれだけ丁寧に置かれていたかに気づくはずです。

綾辻行人について

綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。

研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。

1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。

奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
1989
ISBN-13
9784062749916
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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