現代国内 1989
ある死体は髪を、
ある死体は眼球を奪われた。
『暗闇の囁き』綾辻行人

書評

暗闇の囁き

森の狭間の白亜の洋館を舞台に、美しい兄弟の周囲で身体の一部を奪う死が相次ぐ連作第2作。

暗闇の囁き 表紙画像
綾辻行人 講談社(講談社文庫・新装改訂版)1989年
目次

森の狭間に、白亜の洋館が建っている。そこに住むのは、美しく謎めいた兄弟、実矢と麻堵。

『暗闇の囁き』は、この兄弟の周囲で奇怪な「死」が相次ぐ長編です。ある者は髪を、ある者は眼球を奪われている。

持ち去られた死体の一部は、何を意味するのか。そして兄弟がひた隠しにする、もうひとりの少年「あっちゃん」の秘密とは。

「囁き」シリーズの第二弾で、精緻な論理よりも不穏な気配を前に出した、怪奇色の濃い一冊です。

物語の入り口

舞台は、森の狭間に建つ白亜の洋館です。人里から離れた場所に、白い建物がひとつ。

そこに、美しく謎めいた兄弟が住んでいます。兄弟の名は、実矢と麻堵。

物語がまず差し出すのは、この二人の姿です。美しく、謎めいている。

それ以上のことは、最初は何もわかりません。森の白い館と、美しい兄弟。

絵のように整った光景が、この物語の最初の一枚です。

その兄弟の周囲で、奇怪な「死」が相次ぎます。ただ死ぬのではありません。

ある者は髪を、ある者は眼球を奪われている。持ち去られた死体の一部は、いったい何を意味するのか。

部位を奪うという行為の異様さが、この物語の空気を最初から決めています。誰が、何のために、身体の一部を持ち去っていくのか。

死そのものより、欠けた部分のほうが、読む者の目を捉えて離しません。

さらに、兄弟にはひた隠しにしているものがあります。もうひとりの少年、「あっちゃん」の存在です。

彼が誰なのか、なぜ隠されているのか——兄弟が口を閉ざしているかぎり、その問いは問いのまま館のなかに残ります。白い洋館、美しい兄弟、隠された少年、奪われた身体の一部。

要素はどれも、怪奇小説の道具立てそのものです。それを綾辻行人は、ひとつずつ丁寧に、白い館のなかに置いていきます。

読者は、この洋館の敷居を跨いだところで立ち止まることになります。明るい白い壁の内側に、何が沈んでいるのか。

相次ぐ死は、兄弟とどう関わっているのか。問いは本格ミステリの形をしていますが、館に漂う気配は、論理よりも先に肌に触れてきます。

不穏さが、答えより前に届く。それが、この一冊の読み心地です。

読みどころ

精緻な論理を組みながら、それ以上に前へ押し出されているのは、白い館に沈む不穏な気配です。 白亜の洋館と美しい兄弟という、いかにも怪奇小説らしい道具立てを、綾辻行人はためらいなく正面から使います。

髪、眼球。奪われた部位の異様さが、館の白さと対になって、ページの底にずっと沈んでいる。

謎解きの骨組みはたしかにあるのですが、それより先に、気配のほうが読者を捉えます。怪奇と論理が溶け合う手触りは、この作家の初期作品ならではのものです。

もうひとつは、問いが二つ並んで置かれていることです。ひとつは、奪われた髪や眼球——持ち去られた死体の一部が何を意味するのか。

もうひとつは、兄弟がひた隠しにする少年「あっちゃん」の秘密。死体をめぐる謎と、隠された少年をめぐる謎とが、同じ白い館のなかで並んで読み手を待っています。

館シリーズと並行して書かれた連作の一編で、問いの立て方は本格ミステリのものです。ただ、その問いを包む空気は怪奇小説のそれです。

怖さに身をすくめながら、問いの答えを探す。二つの読み方を、同じ頁の上で同時に味わえます。

こんな人におすすめ

奪われた髪や眼球という、身体の一部をめぐる不穏な謎に、怖いもの見たさで引き寄せられてしまう読者。森の奥の白亜の洋館と、美しく謎めいた兄弟という舞台に胸が騒ぐ読者。

そういう人のための物語です。『緋色の囁き』から「囁き」シリーズに入った人なら、第二弾として続けて開くのが自然な流れでしょう。

一方、手がかりを一つずつ並べて論理で詰めていく謎解きを第一に求める人には、気配の濃さが先に立つこの作風は、少しもどかしく感じられるかもしれません。

作品の背景

綾辻行人は館シリーズを書き継ぐ一方で、怪奇と幻想の色を前に出した「囁き」の連作を並行して書いていきました。本作はその第2作にあたり、第1作『緋色の囁き』が1988年10月に出た翌年の作品です。

刊行は1989年9月、祥伝社ノン・ノベルから。1998年6月に講談社文庫に入り、現行版は2021年5月に出た講談社文庫の新装改訂版で、本文に全面的な改訂が加えられています。

448ページ、電子版もあります。

手に取るなら

現行版は講談社文庫の新装改訂版。本文に全面的な改訂が加えられた版なので、これから読むならこの版を。

「囁き」シリーズの第二弾ですが、第1作を読んでいなくても、白い洋館の扉はきちんと開きます。電子版もあるので、思い立ったときにすぐ開けます。

森の狭間に建つ白亜の洋館と、実矢と麻堵の兄弟。奪われた部位が何を意味するのかという問いを抱えたまま、448ページの物語が始まります。

綾辻行人について

綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。

研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。

1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。

奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫・新装改訂版
刊行年
1989
ISBN-13
9784065225141
系譜
現代国内

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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