黄金期米国古典 1952
陸海空三軍に守られた島。
探偵の眼前で、不可能犯罪。
『帝王死す』エラリー・クイーン

書評

帝王死す

兵器王の私領たる孤島で起きる密室殺人に挑む、クイーンでは異色の一作。

帝王死す 表紙画像
エラリー・クイーン 早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫) 原書 1952年 · 邦訳 1977年
目次

ある朝、探偵とその父が、行き先も告げられぬまま連れ去られます。運ばれた先は、ひとりの男が丸ごと買い取った孤島。

そこには私設の陸海空軍が置かれ、島はまるでひとつの帝国のように統べられていました。『帝王死す』は、名探偵エラリイと父のクイーン警視を、そんな現実離れした王国のただなかへ放り込む物語です。

読み手はまず、探偵たちと一緒に、この途方もない場所へ拉致されるところから物語に巻き込まれていきます。

物語の入り口

軍需工業界の怪物、キング・ベンディゴ。彼は文字どおり島をひとつ買い取り、私設の陸海空軍まで擁する「ベンディゴ帝国」に君臨する男です。

国家でもない一個人が、軍隊を持ち、島を領土のように支配している——その設定を差し出された時点で、読者はすでに現実からひとつ足を踏み外した場所に立たされています。ここは、外の世界の常識も、警察のなじんだ手続きも、素直には届かない領域なのです。

そのキングのもとに、一通の謎の脅迫状が舞い込みます。送り主の正体を突き止めてほしい。

その求めに応じるかたちで、エラリイと父のクイーン警視は、ニューヨークから拉致同然に島へと運ばれることになります。二人が向き合うのは、一介の富豪ではなく、私兵に囲まれた「帝国」そのもの。

相手の懐に丸腰で放り込まれたような心細さと、この王国はいったい何を隠しているのかという不穏な好奇心とが、調査のはじまりから同居しています。読者もまた、逃げ場のない島に閉じ込められた父子の視点に寄り添って、ページをめくることになります。

そして事態は、探偵たちの予想を超えて動き出します。クイーン父子のまさに眼前で、不可能犯罪が起こるのです。

閉ざされた状況で、起こり得ないはずのことが起こる。名探偵が現場に居合わせていながら、その理屈が容易には見通せない。

強大な帝国を舞台にしながら、突きつけられるのは一点に凝縮した硬質な謎です。物語はここから、大仰な王国の外観をまとったまま、精密な謎解きへと一気に締まっていきます。

読みどころ

本作の面白さは、政治的で大仰な舞台立てと、密室という古典的な謎とが、ひとつの物語のなかで組み合わされているところにあります。 一個人が擁する「帝国」、届いた脅迫状、軍需産業という大きな道具立ては、いかにもスケールの大きな冒険譚を思わせます。

ところが、その只中で問われるのは、閉じた場所で起きた不可能犯罪という、きわめて本格ミステリらしい謎。派手な外枠と精緻な内側の落差そのものが、この作品ならではの読み味を生んでいます。

冒険活劇の顔をした本格、と言ってもいいかもしれません。

論理を信条とするクイーンだけに、謎解きの筋道はあくまで手がかりの積み重ねの上に築かれます。奇矯な舞台に気圧されず、目の前に置かれた事実を一つずつ確かめながら読み進めれば、探偵とちょうど同じ土俵に立つことができる。

突飛な設定に目を奪われがちなぶん、細部に差し出された手がかりに気づけたときの手応えは大きく、名探偵の推理に正面から挑みたい読者にとっては、腕の鳴る一作です。大づかみな舞台の派手さと、指先ほどの手がかりを見逃さない緻密さ。

その両方を一度に楽しめるところに、本作を読む醍醐味があります。

もうひとつ見逃せないのは、閉ざされた島という舞台が、謎解きの純度をおのずと高めていることです。外の世界から切り離された「帝国」のなかでは、登場する人や物が限られ、事件をとりまく条件がくっきりと縁取られます。

逃げ場のない空間で起きた不可能犯罪という枠組みは、それ自体が推理の土俵を引き締める仕掛けとして働いているのです。

こんな人におすすめ

現実離れした王国という舞台を、荒唐無稽と切り捨てるのではなく、その大胆さごと楽しめる読者には、まっすぐ薦められます。一方で、地に足の着いた等身大の事件を好む向きには、この帝国じみた設定はやや芝居がかって映るかもしれません。

ただ、その過剰なまでの舞台があればこそ、そこで起きる不可能犯罪の謎が際立ちます。大きな枠組みと純度の高い謎解きの同居を面白がれるなら、これほど誂え向きの一作もそうありません。

作品の背景

本作は、クイーンが密室と不可能犯罪を物語の正面に据えた異色の一作です。1952年に発表され、探偵ものの数ある作品のなかでも、ひときわ変わった手ざわりを持つ一冊として読み継がれてきました。

ふだんのクイーンを知る読者ほど、その振れ幅に驚かされるはずです。

手に取るなら

現在手に取るなら、大庭忠男訳のハヤカワ・ミステリ文庫版です。1977年に文庫で刊行され、いまは電子版(ハヤカワebook)でも読めます。

論理の探偵エラリー・クイーンの、ふだんとは少し勝手の違う顔つきを味わえる一冊として、長年のシリーズの読者にも、これから黄金期アメリカ本格に触れようとする読者にも、等しく開かれています。

エラリー・クイーンについて

エラリー・クイーンは、フレデリック・ダネイ(1905〜82)とマンフレッド・B・リー(1905〜71)、いとこ同士の二人が用いた合作のペンネームです。作中で謎を解く名探偵にも、同じ名が与えられています。

二人は1928年、出版社と雑誌が募った長編の懸賞に『ローマ帽子の謎』を投じ、翌1929年の刊行でデビューしました。以後、題名に国名を冠した〈国名シリーズ〉を書き継ぎ、1932年から翌年にかけてはバーナビー・ロス名義でドルリー・レーン四部作も発表しています。

ダネイは1941年に〈エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン〉を創刊して長く編集にあたり、多くの書き手を世に送り出しました。二人はアンソロジストや短編ミステリの研究者としても仕事を残し、1961年にはアメリカ探偵作家クラブ(MWA)のグランドマスター賞を受けています。

書誌情報

出版社
早川書房 / ハヤカワ・ミステリ文庫
原書刊行年
1952
邦訳刊行年
1977
ISBN-13
9784150701130
系譜
黄金期米国古典 / 名探偵もの · シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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