推理合戦が始まった。
聯愁殺
四年前の連続殺人の生存者を囲み、推理が崩れるたびに事件の絵が描き直される推理劇。
四年前、彼女はなぜ襲われたのか。犯人は今どこにいるのか。
大晦日の夜、この二つの問いを議題に、ひとりの女性を囲んで人が集まります。彼女の名は梢絵。
連続無差別殺人事件で、ただひとり生き延びた人です。顔をそろえたのは〈恋謎会〉という推理集団の面々。
西澤保彦『聯愁殺』は、この集まりから始まる長編です。2002年に原書房から刊行され、翌年の第3回本格ミステリ大賞で小説部門の候補に選ばれました。
物語の入り口
大晦日の夜です。一年の最後の晩に、〈恋謎会〉という推理集団の面々が顔をそろえます。
ミステリ作家がいて、元刑事がいて、それぞれ違う経験と知識を持ち寄った人たちです。推理集団という名のとおり、集まりの目的は事件を語ることです。
ただし今夜の題材は、目の前に座っている人の身に起きたことです。その輪の中心に座っているのが、梢絵。
四年前に起きた連続無差別殺人事件で、唯一生き延びた人物です。
議題は二つ。四年前、彼女はなぜ襲われたのか。
犯人は今どこにいるのか。事件は迷宮入りしています。
新しい証拠が転がり込むわけでも、現場が動き出すわけでもない。手もとにあるのは、すでにある記録と、証言と、それを読み解こうとする人間の頭だけです。
集まった面々は、その限られた材料を頼りに推理を戦わせます。誰かが筋の通った仮説を示す。
別の誰かがそこに穴を見つける。そのたびに事件の形が組み替えられ、新しい絵が描かれる。
この応酬そのものが、本作の中身です。
そして、その応酬を聞いているのは、当の生存者です。自分が襲われた理由を、他人の口から次々と別の形で差し出される。
推理集団にとっては議題でも、梢絵にとっては四年前の自分の夜です。仮説を組み立てる側と、その仮説のなかで繰り返し襲われる側とが、年の瀬の同じ部屋に居合わせているわけです。
読者は、〈恋謎会〉の末席に腰かけ、梢絵の表情を見ながら議論を聞く側に置かれます。
読みどころ
本作の醍醐味は、同じ材料から、これほど違う絵が描けるのかという驚きにあります。 手もとの記録と証言は増えません。
増えないのに、示された推理がひとつ崩れるたび、それまで見えていたはずの事件の輪郭がまるごと描き直されます。本格ミステリを読む楽しさを、ほとんど純粋な形で取り出した作品だと言えるでしょう。
素材が限られているぶん、論理の組み立て方そのものが前面に出てきます。書き手の手つきは、ここでは道具の少なさによって際立ちます。
もうひとつは、その推理の輪の中心に、生存者本人が座っていることです。仮説が語られるたびに、四年前の夜が別の形で目の前に置かれる。
推理する側にとっては知的な遊びでも、聞く側にとっては自分の身に起きたことの説明です——この設定が、議論を思考ゲームで終わらせない重みになっています。犯人がどこにいるのか、という二つ目の議題も、迷宮入りから四年が過ぎた今、答えが出れば現在に直結する問いです。
現場を駆け回る捜査や、次々に起きる事件を期待すると、記録と証言を回し続ける作りは動きが少なく映るかもしれません。けれども、動かないからこそ、どの一語が論理を支え、どの一語で崩れるのかが見えます。
一語の重みを追う読み方は、速さより精度を求めます。読み飛ばすと、次の仮説がなぜ成り立つのかを見失います。
その精度に付き合える読者には、証言を一語ずつ検めていく時間そのものが楽しみになります。
作品の背景
『七回死んだ男』や『神のロジック 人間のマジック』のように大胆な趣向を土台に据えた作品も並ぶ西澤保彦の著作のなかで、『聯愁殺』が持ち込む道具は、人と人が向かい合って交わす議論だけです。趣向を取り払っても論理の運びひとつで読ませられる、という書き手の地力を、この作品は示しています。
単行本は2002年3月、原書房のミステリー・リーグから出ました。翌2003年、第3回本格ミステリ大賞の小説部門候補に選ばれています。
この回の受賞は笠井潔『オイディプス症候群』と乙一『GOTH――リストカット事件』で、候補にはほかに法月綸太郎『法月綸太郎の功績』、有栖川有栖『マレー鉄道の謎』が並びました。2010年に中公文庫に入り、2022年6月には新装版が出ています。
累計は十万部を超えました。
手に取るなら
現在は2022年6月の中公文庫新装版で手に入ります。文庫で353ページ。
「三十三年目のあとがき」と題した新しいあとがきが加わり、解説は唐木厚です。2010年の中公文庫版を持っている人には、あとがきと解説のぶんが新装版との差になります。
西澤保彦の作品をまだ読んでいないなら、ここから入っても困りません。必要なのは、記録と証言を一緒に読み解く根気だけです。
大晦日の夜——〈恋謎会〉の末席で、四年前の問いに耳を傾けてみてください。
西澤保彦について
西澤保彦は1960年、高知県安芸市に生まれ、2025年に64歳で亡くなりました。アメリカのエカード大学で創作法を学び、帰国後は高知大学経済学部の教務助手や高校の講師を務めながら小説を書き続けます。
1990年には「聯殺」が第1回鮎川哲也賞の最終候補に残り、1995年に『解体諸因』で作家としてデビューしました。
同じ一日を繰り返す『七回死んだ男』や『人格転移の殺人』のように、SF的な設定を本格ミステリに持ち込み、その規則を示したうえで推理の土台に据える作風で知られます。〈匠千暁〉〈神麻嗣子〉〈腕貫探偵〉と複数のシリーズを並行して書き継ぎ、2023年には短編「異分子の彼女」で第76回日本推理作家協会賞の短編部門を受けました。
書誌情報
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