連続殺人鬼が現れた。
プロジェクト・インソムニア
脳内チップで共有する夢「ユメトピア」で起こる連続殺人。結城真一郎の特殊設定本格。
夢の中で死ぬと、現実でも死ぬ。作中で引かれるこの都市伝説は、誰もが一度は耳にしたような噂話です。
結城真一郎はそれを、脳内に埋め込んだチップと、90日間の共有夢という装置の上に置き直しました。『プロジェクト・インソムニア』は、願いが何でもかなうはずの夢の世界で連続殺人が起こる、特殊設定の本格ミステリです。
物語の入り口
蝶野は、睡眠障害のために職を失った男です。病名はナルコレプシーです。
仕事を失った彼が引き受けるのが、極秘の人体実験「プロジェクト・インソムニア」の被験者という役回りでした。インソムニアは不眠を意味する英語です。
眠りの病を抱えた男が、不眠の名を冠した計画に加わる。題名の段階から、物語は少しねじれた対比を抱えています。
実験の中身はこうです。極小のチップを脳内に埋め込み、被験者たちが「夢の世界(ユメトピア)」を90日間共有する。
そこは、願望を自在に具現化できる理想郷として用意された場所でした。思い描いたものが形になる世界。
職を失った男が足を踏み入れるには、あまりに眩しい舞台です。
しかし、その眩しさには影が差します。ある悪意の出現によって、ユメトピアは恐怖と猜疑に満ちた悪夢へと一変するのです。
掲げられる謎は三つあります。口径の合わない銃弾の謎。
次々と消えてゆく被験者たち。そして、連続殺人鬼の正体。
願いをかなえるための場所が、殺人の現場に変わる。しかもそこは現実の街ではなく、被験者たちが共有する夢の中です。
冒頭の都市伝説が、ここで効いてきます。夢の中で死ぬと現実でも死ぬ——その噂が本当かどうかを確かめる手立てがないまま、夢の世界で起きる死と向き合わなければならない。
夢で起きた死を、どこまで現実の死として受け止めればよいのか。読者は蝶野とともに、足もとの定まらない場所へ置かれ、90日の実験のなかで起こる事件を見つめていくことになります。
読みどころ
本作の核にあるのは、願いがかなう世界で殺人の謎を解く、という倒立した状況そのものです。
ユメトピアは、望めば何でも手に入るはずの場所です。そこに、口径の合わない銃弾というきわめて具体的な謎が置かれる。
夢という輪郭の曖昧な舞台と、銃弾の口径という寸分違わぬ数字。その取り合わせが、この物語の最初の引っかかりになっています。
この理想郷で殺人を重ねているのは誰なのか。問いの立て方そのものは、古典的な犯人探しのそれです。
舞台の奇抜さと、問いの正統さ——その組み合わせが、特殊設定の本格という看板の中身です。
もうひとつは、全体の組み立てです。大胆に張られた伏線が、鮮やかに回収されていく。
奇抜な舞台を用意しながら、謎解きの骨格は伏線と回収という本格の約束事で支えられています。年末のランキングでは『本格ミステリ・ベスト10』と『このミステリーがすごい!』の両方に名を連ね、文庫の解説は千街晶之が担いました。
一方で、現実にはない約束事を受け入れることが前提の物語でもあります。現実の街や屋敷に足場を置いた謎解きを好む読者には、向き不向きが出るかもしれません。
とはいえ、夢の世界の仕組みを知っていくこと自体が、その舞台で起こる事件を追う準備にもなっています。
こんな人におすすめ
現実にはない約束事の上で謎を解く、特殊設定ミステリを楽しめる読者に向いています。夢や意識を題材にした物語が好きな人にも、入りやすい舞台でしょう。
『#真相をお話しします』で著者を知り、長い物語でどんな組み立てを見せるのかを確かめたい人にも手渡せます。
作品の背景
『プロジェクト・インソムニア』は2020年7月に新潮社から刊行されました。年末のランキングでは『本格ミステリ・ベスト10』2021年版で17位、『このミステリーがすごい!』2021年版で34位に入っています。
デビュー作『名もなき星の哀歌』に続く、結城真一郎の長編第2作にあたります。
デビュー作では記憶を小瓶に詰めて売買する裏稼業を描き、この作品では夢を共有する実験を描く。現実にはない仕組みを組み上げ、その内側で謎を解かせるという骨組みは、初期の二作に共通しています。
手に取るなら
いま手に取るなら、2022年刊の新潮文庫版です。解説は千街晶之が書いています。
独立した作品なので、著者の他の作品を読んでいなくても差し支えありません。刊行順に追うなら、デビュー作『名もなき星の哀歌』から始めてこちらへ進むと、初期二作に通う特殊設定への関心が見えてきます。
ナルコレプシーに悩む男が不眠の名を持つ計画に加わるところから、90日間の夢の物語は始まります。
結城真一郎について
結城真一郎は1991年、神奈川県の生まれです。東京大学法学部を卒業し、会社に勤めながら書いた長編で2018年に第5回新潮ミステリー大賞を受け、翌2019年、その作品を『名もなき星の哀歌』として刊行してデビューしました。
その後は『プロジェクト・インソムニア』『救国ゲーム』と長編を重ね、2021年には短編「#拡散希望」で第74回日本推理作家協会賞の短編部門を受けています。平成生まれの作家として初めての受賞でした。
同作を収めた短編集『#真相をお話しします』は2023年の本屋大賞にもノミネートされ、ほかに連作『難問の多い料理店』などがあります。
書誌情報
結城真一郎をもっと読む
全作品一覧へ →似た読み味を、他の作家で
気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本