口外したら命はない。
難問の多い料理店
六本木の料理店が探偵役。配達員が運ぶ断片だけで難問が解かれていく
この店では、注文がそのまま謎解きの依頼になります。結城真一郎『難問の多い料理店』の舞台は、東京・六本木の雑居ビルに入った一軒の料理店。
特定のメニューを組み合わせて頼むと、それが料理ではなく難問の解決を求める合図として受け取られる。厨房に立つオーナーシェフは店から動かず、料理を運ぶ配達員を手足にして謎を解いていきます。
一話ごとに新しい難問が持ち込まれ、一話ごとに解かれていく連作です。
物語の入り口
語り手は、ビーバーイーツの配達員です。今日もまた、東京・六本木の雑居ビルにある料理店へ向かいます。
店で料理を受け取り、注文主の元へ届けるのが仕事です。ここまでなら、どこにでもある配達の一日にすぎません。
ただし、この店には決まりがあります。特定のメニューを組み合わせた注文は、料理の注文ではなく、謎解きの依頼を意味する。
表向きは料理店でありながら、裏では難問を引き受ける窓口にもなっているわけです。依頼を受けたオーナーシェフは、自分では店を出ません。
代わりに外へ出ていくのが配達員です。シェフは厨房にいながら、配達員を使って難問を解いていきます。
安楽椅子に座ったまま謎を解く探偵と、その足になって街を走る配達員。組み合わせとしては古典的でも、足の役を担うのがフードデリバリーの配達員だというところに、この連作の新しさがあります。
持ち込まれる難問は、いずれも穏やかではありません。たとえば、不審な焼死体が出たアパート火災、空室に届く置き配、指のない轢死体。
住人のいない部屋に荷物が届く、という一見ささいな違和感と、焼死体や轢死体という生々しい事件が同じ列に並んでいます。三つに共通するのは、シェフ本人がその場に一度も立たないまま、厨房で答えを求められるという一点です。
そして、オーナーは配達員たちに釘を刺します。口外したら命はない、と。
謎を解く手伝いをさせながら、その秘密は外へ漏らさせない。料理店の厨房と六本木の街路のあいだを、語り手は危うい約束を抱えたまま行き来することになります。
読者はその肩越しに、料理と一緒に運ばれてくる事件の断片を手渡されていきます。
読みどころ
生々しい事件を、料理と配達という日常の作法でくるんで運んでくる。その包み方が、読み口の軽さを生んでいます。
扱われるのは焼死体や轢死体の出る事件で、題材だけを取り出せば重く暗い話です。けれども、そこへ近づく入り口が、料理を注文し、配達員が玄関まで届けるという、ごく見慣れた日常の手続きになっている。
事件の生々しさと、デリバリーという気軽な行為の組み合わせ——この落差が、重い題材を読みやすい速度へと変えています。
もうひとつは、探偵役が店から一歩も動かないという構図です。外を走るのは運び手で、考えるのはシェフ。
足と頭がきっぱり分けられているため、推理の場面は店の中に集まり、事件の現場そのものはいつも少し離れたところにあります。店から動かない探偵が、手元に届いた断片から難問に答えを出していく。
その手際を、一話ごとに区切りよく味わえる形式です。
謎解きの手つきが軽やかなぶん、その底で低く響き続けるのが、口外したら命はないというオーナーの一言です。語り手は謎解きを手伝う協力者でありながら、同時に店の秘密を背負わされた人間でもある。
ユーモアのある語り口の下に、この緊張が一本通っています——この連作の怖さは、事件の生々しさだけでなく、語り手の足場の危うさからも来ています。
こんな人におすすめ
一話が短く区切られた連作なので、まとまった読書時間がとりにくい人でも、一話ずつ少しずつ読み進められます。店の外に出ない探偵が、話を聞くだけで真相へ届く型の推理小説が好きな人には、とくに楽しめるはずです。
一方で、焼死体や轢死体といった事件の題材そのものが苦手な人は、その点だけ心に留めておくとよいでしょう。軽い読み口のなかに、ひやりとする瞬間が混じる本です。
作品の背景
『難問の多い料理店』は、2024年6月26日に集英社から四六判352ページの単行本で刊行されました。事件を一話ずつ解いていく連作形式の作品で、「ミステリが読みたい!」2025年版の国内編では第10位に入っています。
翌2025年6月16日にはオーディオブック版も出ました。
手に取るなら
現在手に取るなら、2026年6月19日に出た集英社文庫版です。472ページで、文庫版限定の特典として、単行本未収録のスピンオフ短編が加えられています。
単行本は集英社の四六判、耳で聴きたい人にはオーディオブック版もあります。六本木の雑居ビルへ向かう配達員の背中について、一皿ずつ難問を味わってみてください。
結城真一郎について
結城真一郎は1991年、神奈川県の生まれです。東京大学法学部を卒業し、会社に勤めながら書いた長編で2018年に第5回新潮ミステリー大賞を受け、翌2019年、その作品を『名もなき星の哀歌』として刊行してデビューしました。
その後は『プロジェクト・インソムニア』『救国ゲーム』と長編を重ね、2021年には短編「#拡散希望」で第74回日本推理作家協会賞の短編部門を受けています。平成生まれの作家として初めての受賞でした。
同作を収めた短編集『#真相をお話しします』は2023年の本屋大賞にもノミネートされ、ほかに連作『難問の多い料理店』などがあります。
書誌情報
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