黄金期米国古典 1937
警官の囲む家に銃声。
死体と十客のティーカップ。
『孔雀の羽根』カーター・ディクスン

書評

孔雀の羽根

10客のティーカップを置けという犯行予告。警官が固める家で起きる謎。

孔雀の羽根 表紙画像
カーター・ディクスン 東京創元社(創元推理文庫) 原書 1937年 · 邦訳 1980年
目次

「10客のティーカップが並べられるだろう」。スコットランド・ヤードに届いたのは、たったそれだけの奇妙な予告でした。

指定された家を警察が固め、扉も窓も見張るなか、それでも予告どおりに人は死ぬ。厳重な監視の内側で、起きるはずのない死が起きる——本作『孔雀の羽根』が読者に差し出すのは、そういう謎です。

物語の入り口

事件は、二年越しの因縁として立ち上がります。じつは、同じ内容の予告状が届くのは、これが初めてではありません。

二年前にも、よく似た状況で人が死んだ事件があり、そのときは真相にたどり着けないまま迷宮入りしていました。ふたたび届いた予告は、あの未解決の悪夢をなぞるかのような一文。

警察は同じ轍を踏むまいと、指定された空家を厳重な監視下に置きます。

そして、事は起こります。張り詰めた静けさを破ったのは、一発の銃声でした。

異変を察した刑事が室内へ踏み込むと、そこには若い男が倒れていました。名はヴァンス・キーティング。

傍らには、孔雀の模様をあしらったテーブル掛けと、予告のとおりに並べられた10客のティーカップ。何もかもが、二年前のあの事件をそっくり繰り返したかのようでした。

読者を捉えて離さないのは、その状況の理不尽さです。予告はあった。

だから警察は待ち構えていた。家の周りは固められ、出入りは見張られていた——にもかかわらず、現場に出入りした者は、死んだ被害者のほかに誰ひとりいないのです。

犯人はどこから来て、どこへ消えたのか。監視という安全網が、かえって謎を密閉してしまう。

読者は警察とちょうど同じ位置から現場を見つめ、「これはいったいどうやって起きたのか」という問いの前に立ち尽くすことになります。

そこへ、孔雀模様のテーブル掛けと10客のティーカップという、奇妙で意味ありげな道具立てが加わります。ただの殺害ではなく、何者かが入念に用意した一幕を見せられているような手触り。

予告どおりに死が訪れる恐ろしさと、その背後にある意図の見えなさとが絡まり合い、頁をめくる手を止めさせません。

読みどころ

この不可能状況に挑むのが、名探偵ヘンリ・メリヴェール卿です。 監視をすり抜けたとしか思えない死の謎に、H・M卿が正面から立ち向かいます。

老練な探偵の推理に身をゆだね、こんがらがった糸が一本ずつほどけていくさまを味わう。そういう古典的な謎解きの醍醐味を、本作は正面から差し出してくれます。

もうひとつ、本作を語るうえで欠かせないのがフェアプレイへの徹底ぶりです。終盤、H・M卿は「32の手掛かり」を数え上げて推理を組み立てるほど、真相の材料は読者の前に誠実に置かれていきます。

読者もまた、探偵と同じ手札で謎に挑める。後出しの事実で切り抜けるのではなく、初めからそこに置かれていた材料の組み合わせだけで解へ届く——その潔さが、この作品の背骨になっています。

読み終えて「あの一行がそうだったのか」と膝を打てる作りで、不可能犯罪ものの佳作として長く読み継がれてきました。

こんな人におすすめ

名探偵の推理に身を任せ、論理によって不可能が解体されていく快感を求める読者には、まっすぐ薦められる一冊です。逆に、心理の綾やスピード感のあるサスペンスを主軸に期待すると、謎そのものに重心を置いた古典の呼吸は、やや悠然と感じられるかもしれません。

それでも、予告・監視・不可能という舞台立てが放つ緊張は、時代を越えて古びていません。パズルの手応えをじっくり味わいたい夜にこそ開きたい物語です。

作品の背景

のちに〈不可能犯罪の巨匠〉と呼ばれることになるジョン・ディクスン・カーが、「カーター・ディクスン」の筆名で育てたのが、ヘンリ・メリヴェール卿——通称H・M卿を探偵とするシリーズです。本作『孔雀の羽根』もそのH・M卿ものの一編、1937年の発表です。

本名のカー名義とは別に磨き上げた、もう一つの代表作の系譜と言っていいでしょう。

手に取るなら

現在手に取るなら、創元推理文庫の厚木淳訳です。厚木淳は東京創元社の編集部長を経て翻訳家となった人で、バローズの火星シリーズやクリスティ作品の訳し手としても知られます。

原題は The Peacock Feather Murders。The Ten Teacups の別題でも呼ばれてきました。

〈不可能犯罪の巨匠〉が筆名を替えて仕上げた予告殺人の一編として、黄金期ミステリの醍醐味を存分に味わわせてくれる一冊です。

カーター・ディクスンについて

カーター・ディクスンは、ジョン・ディクスン・カー(1906〜1977)がもうひとつの筆名として使った名前です。カーはアメリカ・ペンシルヴェニア州の生まれで、1930年に予審判事アンリ・バンコランを探偵役とする『夜歩く』でデビューしました。

1930年代初めにイギリスへ渡り、英国を舞台に書き続けます。本名ではギデオン・フェル博士のシリーズや、シリーズ探偵を持たない『皇帝のかぎ煙草入れ』などを発表しました。

ディクスン名義の顔は、1934年の『黒死荘の殺人』で初登場したヘンリ・メリヴェール卿、通称H・M卿です。でっぷりとした体で怒鳴り散らしながら、密室や足跡のない殺人といった不可能犯罪を解いていきます。

『ユダの窓』はこの名義の代表作に数えられます。カーは1963年にアメリカ探偵作家クラブ(MWA)の巨匠賞を受け、「不可能犯罪の巨匠」の異名で呼ばれています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
原書刊行年
1937
邦訳刊行年
1980
ISBN-13
9784488119041
系譜
黄金期米国古典 / 名探偵もの · シリーズ探偵物

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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